◆奥州安達原三段目切

 袖萩祭文の段

 

作品解説・神津武男

 

浄瑠璃・竹本駒之助

(人間国宝・文化功労者)

三味線・鶴澤津賀寿

 

 

 

前回の「熊谷陣屋」を、インフルエンザで行き損ねてしまったので、久しぶり。

 

神津先生の解説も、毎回ためになる。

大落としは後世の加筆で、演じられたり、やらなかったりということだ。

 

まあ、エンターテイメントたる人形浄瑠璃、泣かせどころは演じたい、という演者の思いはあるのでは?と思う。

今回は、大落とし付き。

 

神津氏の解説冊子により、

この物語が、前九年・後三年の役という昔の話を借りながら、

源氏に対するレジスタンスを描いたもので、

それはそのまま当時の現政権(源氏=徳川幕府)に対するレジスタンス文学である、

という説を、興味深く伺った。

 

語り出しは、袖萩、お君母子。物乞いの、祭文語り。

しかも、盲目の身。幼いお君が何くれとなく母を気遣う様子が次第に語られる。

あくまで細やかに、そして静かに語り進む。

 

そして、傔杖の出あたりから骨太の語りになっていく。

お互い、親子と名乗れぬ仲。

 

気丈な父傔杖に対する、母浜夕の揺れる心が描かれる。

武家の奥方として、親のいいつけにそむいて恋に奔った娘に対する毅然とした態度を取りながら、

母心は隠しようもなく、ましてや孫のお君の、健気な姿を目の当たりにして、

夫との間をうろうろと、心彷徨わすさまが、女流ならではの語り。

 

今回で三度目となる駒之助師。いままではその圧倒的な迫力を感じるばかりだったが、

今回は「袖萩祭文」。文楽では何度となく見てきたものなので、

耳に残っている男性太夫との比較が自ずとされてきた。

 

三味線の津賀寿師のお手も、女性らしさが感じられ、

男性のみで演じられる文楽の床とは、全く別の印象だった。

 

後半は、袖萩の夫、安倍貞任と弟宗任が登場して、

源義家との戦場での後日の出会いを約し、

傔杖、袖萩父子は、互いにそれと知らずに自害する。

 

物語が佳境に差し掛かり、感情の迸るところで、

駒之助師は、見台をハッシと叩き、その心をあらわにする。

何度かそういった場面があり、文楽とはここも違う表現だなぁ、と見ていた。

 

段切まで、集中力が途切れる事はなく、

こちらも息を詰めたまま、最後まで伺った。

 

一段語り終えるのは、さぞ消耗される事だろうと、82歳の駒之助師のお身体を思うと、

次回が最終回というのもうなずける。

 

次回は二月、義経千本桜「すしや」の段。