解説・鳥越文蔵氏(演劇研究家)
演奏・鶴澤燕三
聴き手)藤澤優
近松門左衛門の二作品、
①「鑓権三重帷子」(やりのごんざかさねかたびら)
②「出世景清」
①は、来月文楽劇場での公演が決まっているということで、ざっと解説。
主人公の権三というネーミングは、当時名を売っていたならず者で、刑死した男の名前を取ったらしい。
この作品は、時代物か、世話物か、ということが問題にされるが、これは世話物とのこと。そのとおりだと思う。
②については、このたび、鶴澤燕三師によって復曲され、来年長門での公演に向けての準備が進められている、というタイミングでの抜粋の演奏と解説。
5月の楽文楽サロンで、燕三師の弾き語りの上手さに驚いたのだけれど、今回は太夫は不参加で、実演はすべて燕三師の弾き語りで。
今回復曲の「出世景清」だが、
来年7月8日の長門での公演に向けて、全段燕三師が作曲された。
大序~四段目までは諸般の事情で素浄瑠璃での上演になるという。
五段目のみ、人形、大道具を入れ、だいたい二時間の上演時間だという。
もし、文楽の本公演でやるとしたら、今回大幅カットしたところも含めて作曲して、五時間ぐらいにはなってしまうそうだ。
(ぜひやっていただきたいものだ)
「出世景清」以前の浄瑠璃は、古浄瑠璃といわれる。
何が新しかったか?
それまでの浄瑠璃は、霊験あらたかな仏さまが現れたり、といった仏教との関わりが色濃く出ていて、生身の人間描写はそれほどしっかりとはしていなかったのだが・・・
この「出世景清」では、画期的な描き方として、景清をめぐる二人の女性(阿古屋と小野の姫)との三角関係を描いたこと。
それが、古浄瑠璃や、先行作品の能、幸若舞の「景清」と比べ、全く新しいものだった、という。
「阿古屋」といえば、私など、歌舞伎の「壇ノ浦兜軍記」の玉三郎を思い浮かべてしまう。
愛しい景清を守り切る、強く美しい、女。
ところが、この出世景清の阿古屋は、もっと人間臭い。
小野の姫への嫉妬から、あろうことか景清を訴人してしまうのだ。
それを後悔してじたばたする。
なんという、人間臭さだろう!
これは、面白いなぁ・・・。
なんとか、全段、人形入りで、観てみたいと思う。
そのためには何が必要ですか?
という質問が会場から飛んでいたが、お手紙の要望とか回答されていたけれど、まずは、来年の7月の公演に駆けつけることが必要なんでしょうね。
(会場、不便なんです・・・)
頑張って、行きたいな、と思っている。