通し狂言 伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)
序幕
第一場 伊勢街道相の山の場
第二場 妙見町宿屋の場
第三場 野道追駆けの場
第四場 野原地蔵前の場
第五場 二見ケ浦の場
福岡貢 中村梅玉
今田万次郎 市川高麗蔵
奴林平 中村亀鶴
徳島岩次 実は藍玉屋北六 大谷桂三
藤浪左膳 大谷友右衛門
その他大勢
「伊勢音頭」は、前月の文楽公演に続いて。両公演観劇で、国立劇場デザインの、筋書入れ?という感じのトートバッグがいただけた。
文楽では、通しではなかったので、「油屋」の惨劇に至るまでのゆくたてが理解できた。
序幕は、奴林平が大活躍。客席に降りての追いかけっこの場など、歌舞伎の楽しさいっぱいだ。
有名な「二見ケ浦の場」での美しい幕切れまで、飽きさせない演出も素晴らしい。
二幕目
御師福岡孫太夫内太々講の場
正直正太夫 中村鴈治郎
油屋抱えお紺 中村壱太郎
猿田彦太夫 松本錦吾
貢の叔母おみね 中村東蔵
福岡貢 中村梅玉
その他大勢
53年ぶりの上演だそう。関西から落語作家さんが見えていた。この幕は、必見!
がんじろはん、もうちょと体型絞ったほうがええのんちゃうかいなぁ・・という感想。あの体型では、二枚目は苦しい。(今回はいいけれど・・・)
しかし、成駒屋の次代は明るい。壱太郎くん、いいなぁ。口跡も、姿も申し分なし。
このメンバーでのお紺抜擢。しっかりと応えていたのは、頼もしい。
大詰め
第一場 古市油屋店先の場
第二場 同 奥庭の場
福岡貢 中村梅玉
料理人喜助 鴈治郎
油屋抱えお紺 中村壱太郎
藍玉屋北六実は徳島岩次 澤村由治郎
徳島岩治実は藍玉屋北六 大谷桂三
油屋抱えお岸 中村梅丸
油屋抱えお鹿 中村松江
今田万次郎 市川高麗蔵
仲居万野 中村魁春
その他大勢
大詰めで、いよいよ妖刀青江下坂に引きずられるように、殺戮のシーンが展開されていく。
文楽では、このシーンがことさらに強調されて、足が斬られたり、子供が殺されたり・・と、目を覆いたくなるものだったが、歌舞伎の方は、丁寧に人物描写されていて、殺戮シーンも比べれば控えめだった。
魁春の万野。とにかく、歌右衛門そっくりなのに驚く。やはり、ずっと見聞きしてきたものは、しっかりと次代に継承されていくのだなぁ、と感慨ひとしお。
梅玉の貢も、役に嵌って、美しい。凄惨な場面も、練り上げられた歌舞伎の演出で、あくまで華やかに美しく描かれていく。
やはり、この狂言は、歌舞伎のために書かれて、後に文楽に移された、というのはよく分かる気がする。
10月は、いつになく3回の歌舞伎観劇だったが、それぞれに素晴らしい舞台を堪能した。
序幕
第一場 伊勢街道相の山の場
第二場 妙見町宿屋の場
第三場 野道追駆けの場
第四場 野原地蔵前の場
第五場 二見ケ浦の場
福岡貢 中村梅玉
今田万次郎 市川高麗蔵
奴林平 中村亀鶴
徳島岩次 実は藍玉屋北六 大谷桂三
藤浪左膳 大谷友右衛門
その他大勢
「伊勢音頭」は、前月の文楽公演に続いて。両公演観劇で、国立劇場デザインの、筋書入れ?という感じのトートバッグがいただけた。
文楽では、通しではなかったので、「油屋」の惨劇に至るまでのゆくたてが理解できた。
序幕は、奴林平が大活躍。客席に降りての追いかけっこの場など、歌舞伎の楽しさいっぱいだ。
有名な「二見ケ浦の場」での美しい幕切れまで、飽きさせない演出も素晴らしい。
二幕目
御師福岡孫太夫内太々講の場
正直正太夫 中村鴈治郎
油屋抱えお紺 中村壱太郎
猿田彦太夫 松本錦吾
貢の叔母おみね 中村東蔵
福岡貢 中村梅玉
その他大勢
53年ぶりの上演だそう。関西から落語作家さんが見えていた。この幕は、必見!
がんじろはん、もうちょと体型絞ったほうがええのんちゃうかいなぁ・・という感想。あの体型では、二枚目は苦しい。(今回はいいけれど・・・)
しかし、成駒屋の次代は明るい。壱太郎くん、いいなぁ。口跡も、姿も申し分なし。
このメンバーでのお紺抜擢。しっかりと応えていたのは、頼もしい。
大詰め
第一場 古市油屋店先の場
第二場 同 奥庭の場
福岡貢 中村梅玉
料理人喜助 鴈治郎
油屋抱えお紺 中村壱太郎
藍玉屋北六実は徳島岩次 澤村由治郎
徳島岩治実は藍玉屋北六 大谷桂三
油屋抱えお岸 中村梅丸
油屋抱えお鹿 中村松江
今田万次郎 市川高麗蔵
仲居万野 中村魁春
その他大勢
大詰めで、いよいよ妖刀青江下坂に引きずられるように、殺戮のシーンが展開されていく。
文楽では、このシーンがことさらに強調されて、足が斬られたり、子供が殺されたり・・と、目を覆いたくなるものだったが、歌舞伎の方は、丁寧に人物描写されていて、殺戮シーンも比べれば控えめだった。
魁春の万野。とにかく、歌右衛門そっくりなのに驚く。やはり、ずっと見聞きしてきたものは、しっかりと次代に継承されていくのだなぁ、と感慨ひとしお。
梅玉の貢も、役に嵌って、美しい。凄惨な場面も、練り上げられた歌舞伎の演出で、あくまで華やかに美しく描かれていく。
やはり、この狂言は、歌舞伎のために書かれて、後に文楽に移された、というのはよく分かる気がする。
10月は、いつになく3回の歌舞伎観劇だったが、それぞれに素晴らしい舞台を堪能した。
