国性爺合戦
千里が竹虎狩りの段
口 竹本小住大夫 野澤錦吾
奥 竹本三輪大夫 竹澤團七
ツレ 豊澤龍爾・鶴澤清公
楼門の段
豊竹呂勢大夫 鶴澤清治
甘輝館の段
竹本千歳大夫 豊澤富助
紅流しより獅子が城の段
豊竹咲甫大夫 竹澤宗助
人形役割
鄭芝龍老一官 吉田玉輝
老一官妻 桐竹勘壽
和藤内 吉田玉志
安大人 桐竹紋吉
錦祥女 豊松清十郎
五常軍甘輝 吉田玉女
虎 桐竹勘介 他大ぜい
今公演観劇は、第三部からになった。「国性爺合戦」。五段ものの、二段目後半部分から三段目までの上演。
「虎狩り」では、和藤内の豪傑ぶり、歌舞伎では和藤内、筋隈の顔で、荒事なのだが、人形はもちろん、そんな表現はなく、ごく尋常な顔。虎をも屈服させてしまい、ついでに韃靼王の家来達まで従えるという豪勇ぶりは、おおどかで楽しい。
ここのところ、いかにも日本の方が、中国よりも贔屓の創りっぷりで、(いまなら国際問題?)中国人が観たなら、あんまりいい気分はしないか、とも思うが、まあ、300年も前のことだし(1715年作、ちょうど今年で300年!)許してもらいましょう・・
その頃、既に「日本国」の概念が、一般にあったのか、というのもちょっと驚く。
「虎」は、大きい。なんといっても人間一人入っているのだから、ものすごく巨大だ。また、その動きがいい。床の大夫の方まで来掛る。
三輪大夫は、いつも感じるのは歌でいうところのビブラートが激しい語り方で、台詞はともかく、節回しのところは、なんとも気にかかるのだ。こういう「唱法」?もあるのだろうか。まだまだ文楽鑑賞ビギナーの私には、分からないことだらけだ。
「楼門」から、いよいよ老一官の家族の物語が動き出す。二歳の時に生き別れた娘が、いまは韃靼に味方する獅子が城主、甘輝の奥方になっているのだ。そこへ、明への助力を願う老一官、和藤内親子が城内へ入って説得を試みんとするが、主は留守。錦祥女が楼門へ出て応対する。
まず、人形の錦祥女が美しい。瓔珞というのだろうか、冠についた飾りが白い肌に掛かって、それが影を生じて、憂いになる。
兵士達が鉄砲を構えて威嚇する中、縄付きになった母が城中に入り、主甘輝の説得に赴く。
エキゾチックな中国の楼門が舞台になり、錦祥女が現れるところは、プッチーニのトゥーランドットの舞台面を彷彿とさせるものがあって面白かった。
(近松の本作のほうが、先行だが)
初代竹本義太夫亡きあと、存亡の危機を救ったという本作は、当時の人々のみならず、現代の文楽ファンにも十分に楽しめる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここまで書いて来て、またしても、歌舞伎界に訃報が。。。
坂東三津五郎さんのご逝去の報が流れたのは昨日だ。
昨年、11月27日の「鹿芝居」の客席にそのお姿があった。
終演後のカーテンコールで、舞台上に上がられたのでそれと知れたのだが、馬生師への大向こう「木挽町!」が、その人のものだったことは、あとで知った。
長年の歌舞伎ファンとして、八十助時代から観て来た者として、最期に耳にしたお声が、客席からの大向こうだった、というのはなんとも悲しいが、その鮮やかだったこと!
そして、その日の満面の笑顔の舞台上での三津五郎さんを思い出すと、なんともやるせない気分だが、いまはご冥福をお祈りするとともに、心からありがとう、どうぞごゆっくりお休み下さい、と申し上げたい。
歌舞伎以外では、2011年に、天王洲アイル劇場にて「グレンギャリー・グレン・ロス」を観ている。翻訳劇だが、スーツ姿の三津五郎さんが新鮮で、台詞量も多かったと思うが、キラリと光っていた。
役者としてこれから円熟期、という無念の死を迎えてしまい、歌舞伎界は、またしても羅針盤の一つを手放さざるを得なくなってしまった。
どうぞ、歌舞伎界の皆様、お体を大切になさってください。くれぐれも、ご無理なさらずに・・。
休みなしで一ヶ月という興行形態の見直しも、必要な時期がきているのでは?どうぞ、大切な大切な歌舞伎役者の皆さんを使い捨てにするようなことは、絶対にやめていただきたい、と切に願ってやみません。
千里が竹虎狩りの段
口 竹本小住大夫 野澤錦吾
奥 竹本三輪大夫 竹澤團七
ツレ 豊澤龍爾・鶴澤清公
楼門の段
豊竹呂勢大夫 鶴澤清治
甘輝館の段
竹本千歳大夫 豊澤富助
紅流しより獅子が城の段
豊竹咲甫大夫 竹澤宗助
人形役割
鄭芝龍老一官 吉田玉輝
老一官妻 桐竹勘壽
和藤内 吉田玉志
安大人 桐竹紋吉
錦祥女 豊松清十郎
五常軍甘輝 吉田玉女
虎 桐竹勘介 他大ぜい
今公演観劇は、第三部からになった。「国性爺合戦」。五段ものの、二段目後半部分から三段目までの上演。
「虎狩り」では、和藤内の豪傑ぶり、歌舞伎では和藤内、筋隈の顔で、荒事なのだが、人形はもちろん、そんな表現はなく、ごく尋常な顔。虎をも屈服させてしまい、ついでに韃靼王の家来達まで従えるという豪勇ぶりは、おおどかで楽しい。
ここのところ、いかにも日本の方が、中国よりも贔屓の創りっぷりで、(いまなら国際問題?)中国人が観たなら、あんまりいい気分はしないか、とも思うが、まあ、300年も前のことだし(1715年作、ちょうど今年で300年!)許してもらいましょう・・
その頃、既に「日本国」の概念が、一般にあったのか、というのもちょっと驚く。
「虎」は、大きい。なんといっても人間一人入っているのだから、ものすごく巨大だ。また、その動きがいい。床の大夫の方まで来掛る。
三輪大夫は、いつも感じるのは歌でいうところのビブラートが激しい語り方で、台詞はともかく、節回しのところは、なんとも気にかかるのだ。こういう「唱法」?もあるのだろうか。まだまだ文楽鑑賞ビギナーの私には、分からないことだらけだ。
「楼門」から、いよいよ老一官の家族の物語が動き出す。二歳の時に生き別れた娘が、いまは韃靼に味方する獅子が城主、甘輝の奥方になっているのだ。そこへ、明への助力を願う老一官、和藤内親子が城内へ入って説得を試みんとするが、主は留守。錦祥女が楼門へ出て応対する。
まず、人形の錦祥女が美しい。瓔珞というのだろうか、冠についた飾りが白い肌に掛かって、それが影を生じて、憂いになる。
兵士達が鉄砲を構えて威嚇する中、縄付きになった母が城中に入り、主甘輝の説得に赴く。
エキゾチックな中国の楼門が舞台になり、錦祥女が現れるところは、プッチーニのトゥーランドットの舞台面を彷彿とさせるものがあって面白かった。
(近松の本作のほうが、先行だが)
初代竹本義太夫亡きあと、存亡の危機を救ったという本作は、当時の人々のみならず、現代の文楽ファンにも十分に楽しめる。
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ここまで書いて来て、またしても、歌舞伎界に訃報が。。。
坂東三津五郎さんのご逝去の報が流れたのは昨日だ。
昨年、11月27日の「鹿芝居」の客席にそのお姿があった。
終演後のカーテンコールで、舞台上に上がられたのでそれと知れたのだが、馬生師への大向こう「木挽町!」が、その人のものだったことは、あとで知った。
長年の歌舞伎ファンとして、八十助時代から観て来た者として、最期に耳にしたお声が、客席からの大向こうだった、というのはなんとも悲しいが、その鮮やかだったこと!
そして、その日の満面の笑顔の舞台上での三津五郎さんを思い出すと、なんともやるせない気分だが、いまはご冥福をお祈りするとともに、心からありがとう、どうぞごゆっくりお休み下さい、と申し上げたい。
歌舞伎以外では、2011年に、天王洲アイル劇場にて「グレンギャリー・グレン・ロス」を観ている。翻訳劇だが、スーツ姿の三津五郎さんが新鮮で、台詞量も多かったと思うが、キラリと光っていた。
役者としてこれから円熟期、という無念の死を迎えてしまい、歌舞伎界は、またしても羅針盤の一つを手放さざるを得なくなってしまった。
どうぞ、歌舞伎界の皆様、お体を大切になさってください。くれぐれも、ご無理なさらずに・・。
休みなしで一ヶ月という興行形態の見直しも、必要な時期がきているのでは?どうぞ、大切な大切な歌舞伎役者の皆さんを使い捨てにするようなことは、絶対にやめていただきたい、と切に願ってやみません。