柳亭市丸 たらちね
柳家さん若 のめる
漫才 ホンキートンク
三遊亭歌奴 胴乱の幸助
隅田川馬石 鮑熨斗
紙切り 林家正楽
柳家三三 釜泥
柳亭燕路 やかんなめ
仲入り
奇術 ダーク広和
講談 宝井琴調
粋曲 柳家小菊
[喬太郎ネガティブキャンペーン]
『笑えない喬太郎』
柳家喬太郎 心眼
ピッコロが四時少し前にハネて、このまま鈴本ではちょっと早いか、とコーヒーで一息入れ、お弁当も仕入れて上野広小路へ。やはり、日曜だし列が伸びていた。ちょっと早めに開場。この日は、席に文句はつけません、という気分だったので、上手やや前方で満足。
市丸くん、お初だ。市馬一門、下に行くにつれ、滑舌がよくなるのはなぜ?(汗)
さん若さんも、もしかして初めて?詰め将棋を教えてくれたのが「せんみつ屋」。これは確かに眉唾だ・・
歌奴師、上方落語の「胴乱の幸助」の序盤。炭屋の親父さんの名前が出て来ないから、違う題があるのかもしれない。
代演馬石師「鮑熨斗」は、おかみさんが山田さんちですでに50銭借りて来ている。甚兵衛さんは魚屋さんから。時間が短いときはそうすればいいんだ!久しぶりに馬石師が聴けてよかった。「馬石チャージ」。満員に近い場内もよく受けていた。
この日は、何が驚いたって、ホンキートンクのご両人だ。ひょっとして、これが噂の「化けた」?いつものネタなのに、なんなんだ、この違いは・・。今まで少なめの客席ばかりで聴いたせいか。しかし、間といいテンポといい、別人のように生き生きしていた。
三三師は、このところ寄席で当たるネタ「釜泥」。ホイっと兄弟子にバトンを渡して、末廣(主任)に・・・。ホントは末廣行きたかったが、この日はこちらのほうが顔が魅力的だった。
燕路師、いつもの鉄板ネタで爆笑をさらう。なんといっても、トリが「ネガティブキャンペーン」なわけで・・ここまでは軽めの滑稽話でつないできた。
そしてトリネタは「心眼」。今まで、扇辰師でしか聴いたことがないネタだ。そして、それは寄席の尺では絶対に無理。喬太郎師は、目のご不自由な方へのお詫びをまずひと言入れたうえで、すぐに噺に入った。梅喜さんのいまの生業になる前のことなどは省いて、弟から邪険にされ、信心を思いつくところから。しかし、三七二十一日のお詣りで必ず目が開く、と信じ切っている所がちょっと弱い感じだ。そんなに簡単に目が開くのなら、この世に盲人はいなくなるわけで・・。そのへんのところの葛藤や入れごとが省かれたので仕方がないのだが。
目が開いてからの梅喜の身勝手さ。因果応報ともいえる、幕切れの残酷さ。この噺の怖い部分は、あますところなく。夢落ちの噺の中でも、この噺は特殊で、聴き終えて粛然とするような空しさが残る。
いっぱいの喬太郎ファン、いつもの師匠とはひと味違う「笑えない喬太郎」に、どう感じたんでしょうね。
柳家さん若 のめる
漫才 ホンキートンク
三遊亭歌奴 胴乱の幸助
隅田川馬石 鮑熨斗
紙切り 林家正楽
柳家三三 釜泥
柳亭燕路 やかんなめ
仲入り
奇術 ダーク広和
講談 宝井琴調
粋曲 柳家小菊
[喬太郎ネガティブキャンペーン]
『笑えない喬太郎』
柳家喬太郎 心眼
ピッコロが四時少し前にハネて、このまま鈴本ではちょっと早いか、とコーヒーで一息入れ、お弁当も仕入れて上野広小路へ。やはり、日曜だし列が伸びていた。ちょっと早めに開場。この日は、席に文句はつけません、という気分だったので、上手やや前方で満足。
市丸くん、お初だ。市馬一門、下に行くにつれ、滑舌がよくなるのはなぜ?(汗)
さん若さんも、もしかして初めて?詰め将棋を教えてくれたのが「せんみつ屋」。これは確かに眉唾だ・・
歌奴師、上方落語の「胴乱の幸助」の序盤。炭屋の親父さんの名前が出て来ないから、違う題があるのかもしれない。
代演馬石師「鮑熨斗」は、おかみさんが山田さんちですでに50銭借りて来ている。甚兵衛さんは魚屋さんから。時間が短いときはそうすればいいんだ!久しぶりに馬石師が聴けてよかった。「馬石チャージ」。満員に近い場内もよく受けていた。
この日は、何が驚いたって、ホンキートンクのご両人だ。ひょっとして、これが噂の「化けた」?いつものネタなのに、なんなんだ、この違いは・・。今まで少なめの客席ばかりで聴いたせいか。しかし、間といいテンポといい、別人のように生き生きしていた。
三三師は、このところ寄席で当たるネタ「釜泥」。ホイっと兄弟子にバトンを渡して、末廣(主任)に・・・。ホントは末廣行きたかったが、この日はこちらのほうが顔が魅力的だった。
燕路師、いつもの鉄板ネタで爆笑をさらう。なんといっても、トリが「ネガティブキャンペーン」なわけで・・ここまでは軽めの滑稽話でつないできた。
そしてトリネタは「心眼」。今まで、扇辰師でしか聴いたことがないネタだ。そして、それは寄席の尺では絶対に無理。喬太郎師は、目のご不自由な方へのお詫びをまずひと言入れたうえで、すぐに噺に入った。梅喜さんのいまの生業になる前のことなどは省いて、弟から邪険にされ、信心を思いつくところから。しかし、三七二十一日のお詣りで必ず目が開く、と信じ切っている所がちょっと弱い感じだ。そんなに簡単に目が開くのなら、この世に盲人はいなくなるわけで・・。そのへんのところの葛藤や入れごとが省かれたので仕方がないのだが。
目が開いてからの梅喜の身勝手さ。因果応報ともいえる、幕切れの残酷さ。この噺の怖い部分は、あますところなく。夢落ちの噺の中でも、この噺は特殊で、聴き終えて粛然とするような空しさが残る。
いっぱいの喬太郎ファン、いつもの師匠とはひと味違う「笑えない喬太郎」に、どう感じたんでしょうね。