入船亭扇辰 心眼
仲入り
入船亭扇辰 朗読
「心眼」は、扇辰師の十八番ながら、そうそう掛かるわけではないので、この日は楽しみに出掛けた。
この題名、「心眼」。辞書によると、ものごとの真実の姿を見抜く、鋭い心の動き。心の眼。とあったが、深いなぁ。この演目が圓朝作品だとは、この日初めて知った。マクラで、師匠が話されたのは、ある日圓朝の弟子の圓丸という人、この人は盲人だったそうだが、この人が圓朝のもとに飛び込んできて、こんな悔しい話はない、とぶちまけた。それを聞き取り、噺にまとめあげたものだという。
盲人の梅喜が、その身の上に絶望して、死のうとまで思い詰めるが、できた女房のお竹に諌められ、信心にすがることにするが、満願の日、ついに眼が明らかになる。喜ぶ梅喜。ところが、岡惚れしていたという芸者に出会い、二人で待ち合に入っていい調子でやっているところへ、女房お竹が乱入。首ねっこを掴まれて締め上げられる。その苦しさにもがいていると・・梅喜さん、という女房の穏やかな声。夢だった。もう、信心はよす、という梅喜。
なんとも切ない噺だ。眼が見えない人が急に見えるようになって、不自由する所など、リアリティがあって、面白い。自分がいい男だったと知るや、女房を離縁して芸者とくっつく気になったりと、どうしようもない男になってくるのだが、それもこれも全て夢・・という儚さ。しばし、その世界に浸ってしまった。
仲入り後は、朗読。師匠の愛読されている短編から、抜き読みということに。今回は、前回の特殊な状況のストーリーとは違い、わりとスッと入り込めたファンタジー。たぶんこうなる、と予測した通りの幕切れだったが、朗読ならではの、読み手の思い入れも入って、さすがに落語家さんならではの芸というべき聴きものだった。
仲入り
入船亭扇辰 朗読
「心眼」は、扇辰師の十八番ながら、そうそう掛かるわけではないので、この日は楽しみに出掛けた。
この題名、「心眼」。辞書によると、ものごとの真実の姿を見抜く、鋭い心の動き。心の眼。とあったが、深いなぁ。この演目が圓朝作品だとは、この日初めて知った。マクラで、師匠が話されたのは、ある日圓朝の弟子の圓丸という人、この人は盲人だったそうだが、この人が圓朝のもとに飛び込んできて、こんな悔しい話はない、とぶちまけた。それを聞き取り、噺にまとめあげたものだという。
盲人の梅喜が、その身の上に絶望して、死のうとまで思い詰めるが、できた女房のお竹に諌められ、信心にすがることにするが、満願の日、ついに眼が明らかになる。喜ぶ梅喜。ところが、岡惚れしていたという芸者に出会い、二人で待ち合に入っていい調子でやっているところへ、女房お竹が乱入。首ねっこを掴まれて締め上げられる。その苦しさにもがいていると・・梅喜さん、という女房の穏やかな声。夢だった。もう、信心はよす、という梅喜。
なんとも切ない噺だ。眼が見えない人が急に見えるようになって、不自由する所など、リアリティがあって、面白い。自分がいい男だったと知るや、女房を離縁して芸者とくっつく気になったりと、どうしようもない男になってくるのだが、それもこれも全て夢・・という儚さ。しばし、その世界に浸ってしまった。
仲入り後は、朗読。師匠の愛読されている短編から、抜き読みということに。今回は、前回の特殊な状況のストーリーとは違い、わりとスッと入り込めたファンタジー。たぶんこうなる、と予測した通りの幕切れだったが、朗読ならではの、読み手の思い入れも入って、さすがに落語家さんならではの芸というべき聴きものだった。