開口一番 柳亭市助   たらちね
隅田川馬石       名人長二より「谷中天龍院」
     仲入り
五街道雲助       お富與三郎より「玄冶店」


一昨日に引き続き、前座さんが入る。前日は研精会で、前座は市助くんだったから、珍しいことに同じ前座さんを連続三日間聴いてることになる。こんなことはめったにない。このまま前座はずっと市助くんなのか・・?すると、雲助・馬石&市助になるなぁ・・・市助くん、大丈夫か?ネタが尽きないか・・?

さて、一応馬石師、語りだす前にここまでのくだりをさらってくれた。初めはそういうことはやらないようなことをおっしゃっていたのだが、この日、ぐっと増えたお客を前に、やはり繋がるようにという、親切だったようだ。いたち屋さんがキャッチアップをYouTubeにすぐにアップしてくれたおかげか、一割五分増し見当の客席。座布団席の前が詰まって、やや窮屈に。
捨て子と知った長二が、亡き育ての親に改めて感謝を捧げ、ふた親の眠る谷中天龍院で出会った亀甲屋幸兵衛から普請中の別宅を飾るものをいろいろと依頼される長二。なにしろ正直で困った人を見るとすぐに施しをしてしまうという男だから、金に飽かした身なりの幸兵衛が最初から気に入らない。が、そんなことは頓着しないで、女房を伴って長二方へやってくるが、どうもこの女房の様子がおかしい。ある時造り付けの指物を依頼され、先方へ出向いていろいろと話すうちに、幸兵衛夫婦に、自分が湯河原の竹薮に捨てられていた捨て子だったと打ち明ける。激しく動揺する女房を見て、この女こそ無慈悲にも赤ん坊の自分を捨てた産みの母に違いない、と思う長二。

圓朝もの、この時代の特徴だろうが、「なり」の描写が細かい。
圓朝の時代のお客は、すぐにそれを思い描くことができて、そのなりなら、どんな人物、と瞬時に理解したことだろう。悲しいかな、着物文化を忘れ去った今となっては、その一つ一つを理解することが叶わない。だからせっかくのディテールが霞がかかったようにぼーっとなって、なんとなく着物姿で日本髪を結った人物がそこにいる、といった申し訳ないような鑑賞の仕方になってしまう。これは今の時代、どうしようもないことだけど・・

そこへいくと、「玄冶店」。こちらはおなじみの歌舞伎の世話物を写したもの。幸い、「通し」で観たこともあるので、「横櫛お富」も、若旦那時代の「与三郎」や赤間源左衛門や子分の海松杭の松のだいたいの様子は浮かんでくる。
ただし、歌舞伎と違い、落語はリアリズム。与三郎の傷は歌舞伎のような生優しいものではなく、化け物じみた顔になってしまっている。

雲助師は、この日の長い一席、時間の都合もあったからか、いきなりの語りだし。「わけのわからない方は、キャチアップをご覧を・・」と断りを入れた。
トドメを刺そうとした所を止めたのは、以外にも与三郎の遊び仲間の髪結い江戸金。(思ったよりも小物!)それでも思いとどまり、藍屋へ担ぎ込んで、100両の金をせしめるがそのまま高飛びする源左衛門と子分の海松杭。
奇跡的に命を拾った与三郎はやがて江戸に戻るが、二目と見られない顔になって、一間のうちに籠って暮らすようになる。心配した親が縁日に遊びに出すが、道行く人から頬被りの中を覗き込まれ、もう帰ろうとしているところで、お富に生き写しの女を見て、後をつける。様子をうかがっている所へ声を掛けてきたのが破落戸の蝙蝠安と、目玉の富。二人の強請をする所を見て、お富と確信。
ここから、「しがねぇ恋の情が仇・・」と、芝居がかりになって、有名な台詞。謳い上げておいて、「もっとも、落語のほうじゃ、こうは参りません」となる。

この日の悪党は、言わずと知れた蝙蝠安。この小悪党の破落戸が、脅かしたり、下手に出たりしながら、「柄のないところに柄をすげて」お富を強請る所、堪らない上手さだ。この三日間(間に一日入ったが)雲助師の悪党の魅力に完全にハマってしまった!しかし、それにしても濃いエキスの凝縮した内容なので、このあと二日空くのは、正直有り難い。二日間で、頭の中空っぽにして、また次の場に備えよう。今度は与三郎、お富が悪に染まって行く。名人長二も、親殺しをするらしいし、かなり覚悟して聴かないと・・・