忘れられないモノ、捨てきれないモノ・・・。

極太アルミフレームに、フロントリア共に17インチホイール、120と180サイズのお決まりタイヤ。
そして容量はそれほどでもないわりに、今では考えられない程の大きな見た目の燃料タンク。
タンクを抱えるというイメージが丁度良い。
国産4メーカーの技術や思想はそれぞれ異なり、とてもワクワクさせられた時代だった頃のオートバイ達。
唯一どのメーカーにも共通して言えたのは、如何にパワーを出すことだけだった様に思える。
20代前半に大型二輪免許を取得し、運転歴も車歴もそれなりに積み上げ、用途や乗り方もほぼ確立してきた今日この頃。
そこで選んだのはBMWだった。これほどまでにツーリングでの使い勝手をトータルでカバー出来るオートバイは、他に無いといっても過言ではないのは周知の事実。
巷で見掛ける台数の多さを考えるとご尤もな話だ。
BMWはすこぶるヨロシイ。ただ一つを除いて・・・。
オートバイというモノに乗り始めた頃、同級生との会話は「誰が速いか」「どのオートバイが速いか」だけだった。
何処かに走りに行けば信号の度に競争は当たり前で、一人で走っていても、信号で並んだ他人様のオートバイがエンジンを少しでも吹かそうモノなら、そこから競争開始だ・・・。
そんな時代を10年程味わってしまった私に、感じた事のない世界を与えてくれたBMWではあったが、何か物足りないモノを感じているのも事実。
この1つのピストンあたり5本のバルブを持ったヤマハ車は、
今回の車検と前回との走行距離差異はたった800キロ。
グリップヒーターも無ければ、そのグリップ位置も低くけして乗り易いとは言えない。ステップだって上がっており、膝はとても窮屈だ。
しかし、しかしである。
BMWには無く、このヤマハ車にあるものは何かというと、有り余るパワーであり、現行車に比べると大した事はないが、それでも鋭いハンドリングである。
つまり”ファン”であり、瞬間的という条件付きではあるが圧倒的に乗っていて愉しい。
BMWが敵わない部分がコレである。(もちろんBMWもファンだが)
アクセルをひとたび開ければ、上を向いたファンネルからは「ゴォオオ!」という音、マフラーからの粒の揃った直線的な音が、先のそれと共鳴し、ライダーである私の気分を高揚させる。
そしてリアタイヤが押し潰されている感覚と同時に、ハンドルの手応えが無くなってくると、そこから先はめくるめく加速の世界に突入していく。
この瞬間だけは、他に何も考える事が出来なくなり、ストレス解消を確認出来る数少ない場面。
贅沢な話ではあるが、このオートバイはそんな使い方が私には合っている。
週末の深夜、当局の少なくなった狭間をぬう様に疾走る。
そんなピンポイントの愉しみ方も、オートバイを乗り続ける小さな理由(言訳)になるのでなかろうか・・・。