廃墟の代名詞 長崎 ”軍艦島”
九州には数多くの廃墟が存在します。
先にも書きましたが、土地の価格がさほど高額で無いことが影響大の様な気がします。
よって永きに渡り放置され、非常に魅力的に荒廃している物件が多く、東北地方に比べ雪等の影響も少ない事でゆっくりと時が流れているように朽ちていきます。
よって永きに渡り放置され、非常に魅力的に荒廃している物件が多く、東北地方に比べ雪等の影響も少ない事でゆっくりと時が流れているように朽ちていきます。
長崎を始めとして、各県に点在しており飽きる事のない土地です。
その中で最も有名な物件が九州の西の果てにあります。
それが軍艦島こと”端島”はしまです。この軍艦島は廃墟好きならずとも知っている方が多いようです。
それが軍艦島こと”端島”はしまです。この軍艦島は廃墟好きならずとも知っている方が多いようです。

長崎市内から国道499号野母崎方面へ向かい30分程度でしょうか。国道沿いからこんな光景が目に入ります。まさに軍艦です。

この角度だとさらに軍艦度合いを増します。
この島は元々炭鉱で、小さな”瀬”からスタートしており、そこへ黒いダイヤと当時言われた石炭を採掘した際のボタで埋め立て全周約1200メートルの島になっています。

この軍艦に見えるのは、日本で最古と言われる鉄筋コンクリート製住宅が多くひしめき合っているから。
最盛期にはこの小さな島に5000人以上の人々が住んでおり、人口密度が東京の9倍にまで及び、本土には無かった電話、テレビ、冷蔵庫等、鉄筋アパートの他にも映画館等娯楽施設も充実しており、相当贅沢な島であった事がうかがい知れる。
一番旧い建物は大正時代というから、90年以上も立ち続けており、あれだけ潮風等に晒されているにも関わらす、持ちこたえているのもさすがと言えるでしょう。
ここ最近観光地か計画が持ち上がっている様で、近いうちに上陸出来る様になるかもしれません。

ここ野母崎にはもう4回程訪れているが、未だ上陸は出来ていない。
一度地元の漁師さんに直談判し、上陸可能な所までいったが、よりにもよって波が高く上陸は出来ず・・・。その次の年に同じ漁師に掛け合ったが厳しくなった取り締まりに首を縦には振ってはくれなかった。
残念だが致し方ない。その代わりに船で島の周りを回ってくれた。

島内でショベルカーが作業しているのが見えるだろうか?
観光地化の動きがあるのは確かな様です。今後に期待しましょう。
関東からおいそれとは行くことが出来ない端島。偶然にも帰省先が長崎であった事が当初はどれだけ嬉しかった事か・・・。もし帰省がなければ、これだけの為に飛行機代使っていかなくてはならない。ま、いつもガソリンと高速代は掛かりますが・・・。
この島は凄い。何が凄いかと言えば、東京の中心部から全く人間がいなくなったみたいなもんだから。主要エネルギーが石炭から石油に移り変わらなければ、こんな事態には至らなかったのかも知れない。石炭もいつかは枯れると思うが、もう少し違う結果に?
今現在の東京よりある意味凄い所が、日本の西の果てに今から50年も前にあった事が筆舌し難い、驚愕の事実ではないでしょうか?
私に取っての廃墟は、そんな100年未満の歴史、自分でも想像が可能な程の所が魅力になっている様に思います。