6月に入って、雨の多い日が続いています。

気がつけば、前回の更新から1ヶ月。


この間にも、我が家では、ごくありふれた毎日が過ぎていました。


monは小学校生活にすっかり慣れて、毎日楽しく登校しています(あれほど心配したのにねー)。

スイミングでは、帽子の色が変わりました。他の子をどんどん抜いて、進級しているので、本人も自信がついたみたい。以前のように、スイミングに行きたくなくて、涙を見せることもなくなりました。


kaniは、小麦の解除後、順調で、今では特に量を気にすることなく小麦を食べられるようになりました。

年中さんになって、身長もグーっと伸びた感じ。去年までの服は全滅となりましたが、チビッコkaniにとってはウレシイ成長ぶりです。

夏に向け、次の負荷試験を考えているところ。


nicoは5ヶ月。

寝返りもすっかり上手になって、じりじりと移動できるようになってきました。

世界が広がったんだろうね。

目を離せなくなってきましたが、ニコニコとした笑顔で、家族を和ませてくれています。



4月の下旬から、気分が落ち込むようなことがたくさんあって、もちろんそうじゃなく、楽しい時間もたくさんあったのですが、心がざわざわと落ち着かないこともたくさんありました。



何か書こうとしても、何もまとまらず、何を書いていいのかわからなくなってしまったんです。

その理由は、自分でもわかっています。


「フクシマ」を取り巻く状況があまりにも緊迫している。


それなのに、毎日の楽しいことや嬉しいことを書いたら、人はどう思うんだろう?

不謹慎だと思われるんじゃないかな。

こんなこと書いている場合じゃないって思うかも。

それより、私が現実逃避している、と思われるんじゃないかしら。


今の「フクシマ」をめぐる考えは、本当に専門家でも素人でも、天と地ほどの違いがあるので、その中で、今福島で暮らしている私の選択を、誰かがどう見るのか?と考えると、とてもじゃないけれど、日々の生活を書き留める力がわいてきませんでした。




震災の後、何度も、ネットの中のお友達に、励まされました。

私の置かれている状況を心配してくださった方。

自分は、気持ちを理解することはできないだろうけれど、と心を寄り添わせてくれた方。

簡単に、かける言葉も見つけられないほど、胸を痛めてくれた方。


こんな、ささやかなブログでも、人とこんなに繋がれるんだなー、と本当に実感できました。


精神的に、しばらくキツい時期が続いて、自分の中でモヤモヤしているものをうまく整理することが出来なかった時にも、普段と変わらない、いつもと同じあたたかな記事を書き綴ってくれたお友達。

普段と変わらないものに触れることで、すごく落ち着いたし、癒されることが出来ました。


ほんとうにありがとう。



私がこのブログを始めたのは、毎日の中で、過ぎていったら忘れてしまうような、ささいな幸せを、書き留めていくためでした。

ふと気付けば、どんどん大きくなってしまう娘達。

その成長のほんの一片を、忘れないように留めておきたいと思ったからなのです。


いつの間にか、グチとか、吐き出しとか、そんなことも多くなってしまったけれど、誰かにどう思ってもらう、とかそんなことは何も考えず、ただただ、毎日の私にとって大事なコトを書き留めていくためのものだったんだっけ。

そう思い出すことが出来ました。



フクシマの状況は依然、厳しいです。


けれども、私は母親として、いろんなことを考え、選択し、今の生活に落ち着いています。

親として出来ることは、子どもを不安に陥れないこと。

不便な生活の中にも、子ども達は笑顔いっぱいで、毎日楽しく過ごしています。

震災後、余震に不安を訴えて、夜中に目を覚ましていたkaniも、今では地震が来ても落ち着いていられるようになってきました。


不便はたくさんあります。不安なことも。

でも、それよりもたくさんの楽しいことや、幸せをかんじることもたくさんあるのです。


これって、アレルギーっ子を育てていても、同じようなことがあるはず。


基本に立ち返って。

毎日、子ども達が私に与えてくれる、キラキラとした幸せの粒を、できるだけ忘れないように、ここに書き綴っていこうと思います。

たまに、モヤモヤとして、グチを吐き出してしまうかも知れないけれど、できるだけ、普通の毎日を、ありのままに書きたいなぁ、と考えています。


「誰かのために」なんて大それたコトは考えずに、今の自分のために、何年かたった時の自分のために、人から見たら馬鹿馬鹿しいようなことでも、書いて行けたら、と思います。


また、おつきあいいただける方がいらっしゃったら、これからもどうぞよろしくお願いしますね♪