電車の中
横に人が座る 反対側にも人が座る
体の一部がいつの間にか
緊張が始まっている
緊張している自分に気が付き
力を抜く
でもいつの間にか緊張が始まっている
少し触れるだけで
隣の人に触れそうになるだけで
体が反応する
私はここにいますか?
ねぇ わたし今ここにいますか?
電車の走る音が聞こえてくる
手を重ねている感覚 ぬくもりがある
過去にも未来にも意識は
いっていない
私はここにいるよね?
私はここにいれてるよね?
自分に何度も問いかける
私がエンパス(吸収体質、共感能力が高い
他人のエネルギーに影響を受けやすい)
と知ったのが
3年ほど前のことでした
乗り物に乗ると呼吸が浅くなる
苦しくなっていく
一駅乗るのもままならないほど
そして一駅さえも限界なりそうになり
自分の身体が心が悲鳴をあげだした
それでもどこかで自分を責めていた
私が至らないんだ
私が弱いからだ
私が甘えているから
乗り物に制限をきたしているんだって
乗り物の制限が出てるのは
エンパスだからと紐解いてもらい
どれだけ救われたことか
自分のせいでもなかった
誰のせいでもない
そして今日のリーディングでのことでした
エンパスについてふれたとき
わたしの中でエンパスを
どこかで蓋をしてしまってた感があった
そして、その当時のわたしが
浮き彫りにされたような
私の中のわたしが震えた
なんの涙かわらない
ただただ流れてきた
そしてね
帰りの電車の中で
やっと車内の中も人がまばらになって
私自身の緊張がほぐれた時
いくら吸収体質だといって
吸収体質だとわかっていたとしても
今になって辛かった 辛かったんだって
この今になって
辛いのは辛いんだよ
本当に辛い
嫌なんだよ!って
涙が溢れてきた
苦しみの渦中のとき
" 辛い"という感情は感じることはなかった
涙… 涙もでないほど
それほど感情に蓋をされていました
それほどね 辛かったんだよって
この辛いおもい
こんな辛く感じてしまうようになるの?
いまここを感じるようになると
余計辛く感じるのじゃないの?って思うかもしれません
でもね
辛いっていう感情を
感じれなくなるまで蓋をすることの方が
更なる辛さになっていくんです
感じれないということは
相当な圧力で蓋をしてしまいます
辛いだけじゃなく
喜びも楽しさも
悲しさも
すべての感情を蓋をしてしまうことに
なるからです
苦しいはずなのに
苦しくさせないように
麻痺させているようなものです
本当は辛いはず
本当は苦しいはず
身体に蓄積されていきます
身体にめいいっぱいになると
どうなっていくか
わたしはそれを体験しました
今ここにいられるようになると
感度があがります
今までなら麻痺していたから
エネルギーを勝手にとられていき
無意識のうちにエネルギーを与えていました
感度が上がるから敏感になるから
意識を持ってここに留まることができる
わたしの中に私が留まることで
自分を守ることができる
どんな体質だって
何ひとつ無駄はないと思っています
与えられたもの
そしてまず体験していく
そして体験を生かしていくものだと
そう感じます
今日も最後までお読みいただきありがとうございました
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