特報首都圏 発見 幻のドラマ山田洋二監督が語る”戦争” を見た感想
山田監督の話していた戦争についての事実と当時の人々の感情(雰囲気だっけ、なんて言ってたっけ、、)の両方が大事というようなコメントは、なるほどと思った。
日本の戦争についての考えや平和主義は、実際に戦争の悲惨さを体験した人々によるトラウマ的平和志向と、戦争中、戦敗国としての経過の事実に、支えられていた部分が大きいと思うが、平洋戦争からは年月がかなり経過した。
そういう時代になりつつある時だからこそ、山田監督の指摘する戦争についての事実と当時の人々の感情や社会の雰囲気を考えることが重要なのは、そのとおりなのかな、と。
ただ、戦争を直接体験した世代が減少すると戦争当時の雰囲気、体験を実際に知っていたという点では、絶対的に戦争の記憶は薄れていく。
歴史的事実については、調べようと思えばインターネット等でいろいろと情報は出てくる、、、ようだが、インターネットで検索して出てくる情報は、割と定型的な気がするのだ。
後の世代が戦争についてネットに記すものは、ネットの検索上位の結果をまとめて、それについてパターン化した感想、意見を記す傾向が強くなるような気がする。最近は、ネットに直感的な感想をアップするツールも増えているし。
話は番組から離れるが、こういう平和を訴える趣旨のものって、戦争はいけない、っていうメッセージは理解できるのだけれど、では、具体的に、戦争をしない、つまり国際問題を戦争に訴えないで解決するためには、どうすればよいのかということには、なにも回答していない。
日本は、太平洋戦争に突入する前に、どのように国際的な問題を解決すべきであったのだろう。。また、今の世界をより平和的にするためにはどうするべきとか、日本自身はは、今後どうするべきなのか、とか。
そもそも、戦争はいけない、という趣旨の考えとそれから導かれる平和主義って、思考が自己中心的な印象もある。
戦争の悲惨さを考えれば、戦争は悪である。で、日本の場合は、太平洋戦争の悲惨に着目→平和でなければいけない→憲法9条の軍事力の放棄というのがひとつの思考パターンである。
太平洋戦争が日本による侵略であり、再び「同じ」過ちを繰り返さない、という趣旨が日本の平和憲法の基本的思考であることは理解できる。
しかし、太平洋戦争は、日本から考えれば日本が軍隊を外国へ送ったことにより始めた戦争であるけれど、アジア諸国から考えれば、外国から軍隊が勝手にやってきて始まった戦争である。
これからの日本は以前とは違って相対的に弱小国への道をたどると思うので、日本の再び「同じ」過ちを繰り返さない、という思考による平和志向は、日本の立場だけでしか思考することのできない過去の遺物的平和主義ではないかと思うのだ。
過去の一定の時点にしか適用できない歴史的教訓が、そのまま未来に通用するのかな。