別に批判的なことを言うつもりはない

いや、むしろ初期のころからの村上春樹ファンだ

群像新人賞を取る以前から

『風の歌を聴け』をいい小説だと思っていた

それ以来、夢中になって読み続けている

 

読み続ける理由は簡単だ

小説が面白いからだ

だが、ただそれだけだ

何かの影響を受けたとか、精神的感銘を覚えたことはない

村上春樹のことは

感性の優れたおしゃべり上手な人だと思っている

文体を口語調にして、わざと無駄な部分を作っている

人との会話は無駄な部分の積み重ねで成り立っているように

世の中にはそういう類の小説があっても何ら差支えはない

 

問題はノーベル文学賞候補に名が挙がるような

そういう文学者であるかどうかだ

熱烈なファンのハルキストを前にあえて言わせてもらう

 

私は違うと思う

 

ボブディランをノーベル文学賞にした選考は間違いではない

だが、村上春樹は違うと思うのだ

 

 

世界的なすごく面白い小説を書く人気小説家ではある

だが、文学としてどうかと謂われれば

『文学とは何ぞや』という話をしなければいけなくなる

 

この村上春樹の文学性について述べるとき

かつての夏目漱石の人気に似ていると思う

そもそも、私は夏目漱石を文豪と呼んでいる世間に対して

反感の目で見ている

 

夏目漱石も面白いイイ小説を書いた人だと思う

嘗ても彼を批判的に評価するつもりはなかったのだが

これを文豪と囃し立てる世間に腹が立った

そこで私は分かってもらうために思い切り皮肉って、

『夏目漱石の小説は落語』と批評したことがある

漱石の小説は落語のような人情噺であり、

生き生きと描かれた文体は人々を惹き付ける

読み物としては素晴らしい小説だと思う

 

だが、文学としての価値は人気とは関係がない

読み物として面白いから、即ちいい文学とはならない

そこのところを理解しない似非文学ファンに腹が立った

 

もちろん村上春樹もいい小説家だ

人を楽しい切ない気持ちにさせてくれたり

人生について考えさせてくれたり

彼の書くものはそういうことがあふれた小説ばかりである

村上春樹に限らず、そういうことのできる

小説家という職業は誇るべき立派な仕事だと思う

 

しかし何故、人々はそれでよしとせずに

彼をノーベル文学賞を取るべき人に祭り上げようとするのだろうか

 

文学と小説には区別がある

だが、そのことに上下をつけるつもりも、差別をするつもりもない

逆に文学が高尚で、小説が低俗なものだと

決めつけるその感性の低さこそ問題にすべきことだと思っている

村上春樹はいい小説家であると世界が認めている

それだけで十分に価値があり

それ自体が大きな勲章ではないのか?

 

 

 

 

非常に個人的な意見になるが

文学といわれるものに何が必要かと問われれば

それはそこに作者自身の精神的苦悩があるかどうかだと思っている

 

文学とは人間の内面を抉ってゆくものであり

自分の本性を知るための道標となるべきもの

それは眼をそむけたくなる暗黒世界のなかにある

この過酷な現実に立ち向かわなければ

それは文学とは呼ぶべきものではない

 

 

 

人間の内面は奥深いトンネルの中にある

文学の場合明るい外の景色から

トンネルを眺めても大した意味はない

ただそれを掘り続けるだけが文学であり

人間としての生きている証となる

 

人は人生の中で悩み苦しみ迷っている

背中に背負ったサガから逃げ出したくなる

もうやめてしまいたいと

出口の見えないトンネルの中で、ふと立ち止まる

その時、暗闇の中で唯一の灯りとして存在するもの

 

それが文学だと私は思っている