とにかく
ありえないことが起こる場所が山なのです。
今回お話するのは、それらの話とも一味違う
異次元の世界にあった異次元な人のお話です
 
渓流釣りをやめる一年くらい前の事である
 
その日は山友のSさんと麓で待ち合わせして
もう一人の友人である釣り場付近に住むKさん宅を訪ねました
どういうわけか留守でした
3人で渓流を登ろうと約束していたものですから
変でしたけど、仕方がありません
案内役のKさんがいないのは不安でありますが
Sさんは山を熟知された方なので
二人での渓流渡りに問題はないと思われました
 
それでKさんの家の裏から渓流に降りて
上流の釣り場に向かいました
 
30分程登ったところでSさんが奇妙な声をあげた
急いで先行していたSさんに追いつき
彼の指さす先を見ますと
赤い色のハイヒールが片足そこにありました
二人で顔を見合わしたのですが、お互い首を傾げるばかりでした
 
「なんだろうね」とは言いましたが
それ以上何も言葉が出ません
 
山では時々妙なものを見ることはありますが
赤いハイヒールは初めてでした
ハイヒールが落ちている意味がわかりません
でも不思議なことを気にしてたら
山では生きてゆけません
 
それで気を取り直して渓流を登ってゆきました
数メートル言ったところで
またもやSさんがを奇声をあげた
彼が指さす木の枝に女性もののコートが引っかかっていました
この時Sさんが何かを言ったのですが
意味不明でした
人は混乱すると方言が出るみたいです
Sさんは私とは違う地域の方です
お互い顔を見合わせて意味もなく頷きました
「どうする?』と始めに私が尋ねました
「わからん」とSさんの返事です
 
とにかく先に何かあるというのが共通の認識です
それで先を急ぐことにしたのですが・・・
 
急な崖を這い上がったその先に
今度はベージュ色のスカートが落ちていました
緊急の事態であることに間違いない
 
どんな女性であろうとスカートを脱ぎながら
渓流上りをするはずはありません
 
山に衣類を不法投棄するとしても
ワザワザ順序立ててする人もないだろう
 
一連の経緯の中で私たちは決意しました
 
Sさんは登山ナイフをリュックからだし
私は腰に差していたナタを手に持ち替えました
お互い目で合図すると沢を左右に分かれ登ることにしました
最悪、危険動物か、危険な山男に女性が襲われている可能性がある
二手に分かれたほうが安全だという判断です
 
私は右側のほうの比較的ゆるやかな沢を行くことにしました
数メートルもいかないうちに
今度は女性もののピンクの下着を発見しました
これは危険な動物の仕業なんかじゃない
 
あきらかに暴行魔が逃げる女性を襲っていると確信しました
裸にされて襲われているか殺されているか
ナタを持つ手はガタガタと震えていました
 
一方Sさんは左側の沢で
水につかったブラジャーを発見していました
彼も緊急事態に覚悟を決めていました
私は手で合図を送り、この上の平地に行こうと伝えました
そこが現場になるはずだと感が働いていました
 
沢の左右から這い上がり、少し広い平地に出た
 
Sさんはすぐに近くの草原に這いつくばった
私も小さな岩に体を隠し前方の様子を伺った
 
変わった様子はなかったが
すでに女性が死んでいるかも知れず
緊張感を解くわけにはいかない
前方にある岩陰にじっと目を凝らした
 
岩の間から僅かに人の足みたいなものが見える
 
岩陰から確かに人の足が動いている
 
躊躇している暇なんかない
 
Sさんと私はそれぞれの武器を手に
悲鳴のような声を出しながら走った
 
 
 
岩陰に回り込んだ私たちが
そこに見たものは異様な光景だった
 
 
そこには、Kさんがいたのだ
 
一緒に釣りをするはずだったKさんが
こちらを見て笑っている
 
信じられない話をするが
Kさんは金髪のカツラをかぶり
顔には厚めの化粧をして
素っ裸に片足ストッキングの状態で
草原に寝ころんでいた
 
言っておくが彼は女装できるような人間ではない
全身毛むくじゃらの山男だ
いかつい筋肉粒々の大男なのだ
 
Kさんは
「やあ!」と寝ころんだまま私たちに片手をあげた
 
へなへなとはこういう事をいうのか
私もSさんもその場にへたり込んでしまった
 
 
 
 
後日談である
 
Kさんは私たちの驚いた顔をみたくて一芝居うったというのだが・・・
考えてみてほしい
どこの世界にこんなバカなことをする大人がいる
そのためにわざわざ女性用の衣類と化粧をする奴がいるか?
言っておくがSさんも私も
そんなにKさんとは親しくはない
その相手にこんな格好ができる
神経がわからない
SさんはすっかりKさんが
女装趣味をカミングアウトしたものだと思っている
 
だとしても嗤うに笑えない
 
 
Kさんの名誉のために言っておく
もとい
名誉のためにはならないが言っておく
 
彼は営林署に努めるエリート社員
真面目で健全な30代独身男性である
 
もとい
健全かどうかも判らない
 
なぜならSさんいわく
そのとき彼のいちもつは
猛々しく天を差していたそうな・・・
 
 
 
Kさんよ!
あなたはいったい何処へ行こうとしていた