「かもめのジョナサン」を読んだ。
周りのカモメが、
日々生きていくために飛んでいるのに、
ジョナサンだけは美しい飛び方を追求していく。
やがてジョナサンの跡を追うように
弟子のようなカモメも出来ていく。
美しい話。
でもどこか、
選ばれたものとそうでないものを分けてしまうようにも読める。
果たして何が美しいのか。
この美しさがわからないものたちと
わかるものたちとの分離がある
というふうにも読める。
精神的な話だから、
いろんな解釈があるのだろうけれど。
最後の本に寄せたコメントを読んで
ああこういうふうにも読めるのだと
思った。
昔から、
私は何かを推すということがあまりなくて、
アイドルも芸能人も推さないし、
グッズ集めもしないし、
あの人みたいになりたいと言って
無理なダイエットもしたことがないし。
どちらかというと
歴史とか
美術とか
古典とか
そういうのが好きで、
たぶんどんな偉い人も
本当はみーんな同じ人間でしょという
考えが根っこにあるのだ。
何かを好きになることはもちろんあるし、
好き嫌いもはっきりしてるし、
好みもあるけれど、
でも、その対象全部を憧れでみることがない。
だって、憧れって
行きすぎると憧れの対象の見えない部分を
自分で想像で補い始めて
その仮の理想に
陶酔して
その想像と違う現実に気づくと
嫉妬するようになるでしょう
ジョナサンのように自分の美しいと思うものを
追い続けるのって
大事だよなあと
思ったり
みんながいいと言っていた服が
自分には似合わないこともあるし
みんながいいと言っている本を読んでみると
あれ文章あんま上手くないなと思うこともあるし
みんながいいと言っていた映画が
え、これがいいの?と感じたりする
この違和感って
大事にした方がいい
そうでないときっと
自分の好きがわからなくなってしまう
誰かに憧れるのもいいけれど、
自分の好きを
なぞるのも大事だなあと
そんなことを考えました☺︎
おまけ🦢🫧
イメージと違うふうに出来た絵
豊穣の秋🍁
実りが多い時期となりますように
