『クジラが見る夢』(評価★★★★★) | 遠近法で描く中国 -2nd Season-

遠近法で描く中国 -2nd Season-

片手にピストル 心に花束 唇に火の酒 背中に人生を。 

副題:The Days with Jacques
著者:池澤夏樹
出版:新潮社 / 平成10年4月 / 文庫本
ジャンル:紀行、イルカ、クジラ、ジャック・マイヨール

作家の池澤氏が、素潜りの達人、ジャック・マイヨールと、イルカとクジラとの出逢いを求めて、西インド諸島の島々を巡った紀行文であり、著者が間近で観た、ジャックというイルカにもっとも近い人間(ホモ=デルフィナス)、のストーリィです。

<目次>

バハマ沖

サウス・ケイコス

シルバー・バンク

あとがき


気になった箇所のご紹介です。

「素潜りには潜水病の危険がないという利点がある。」(38頁)

「この二頭に深海ダイブを教えてみようというプランがジャックの頭に生まれた。イルカに芸を教える調教師はたくさんいるが、イルカに潜りを教えた人間はいない。主客転倒とはこのことだ。」(46頁)
→グランド・バハマの施設で飼われていた二頭のイルカのこと。幼いときから人間に飼われて育ったため、外洋にでても遠くにいかず、深くへも潜らなかった。

「ではなぜジャック・マイヨールは素潜りで海に入ってゆくのか。(中略)「なぜ、スキューバを使わないの?」とぼくは率直にジャックにたずねてみた。「あれはエレガントではない」と彼は言った。完璧な答えだ。」(87-88頁)

「ぼく自身スキューバに対しては似たような気持ちで接してきた。(中略)ものものしくボンベを背負うとずいぶん無理をして水の中にいるという気がする。本当はいてはいけないところにいる感じ。」(88頁)

「「(前略)ここの住民は、道の向かいにある店に行って、ジャガイモを買って家に戻るのに三十分かける。一歩ごとに考えながら足を踏み出す。そういう土地柄だから、彼らを急がせようと思ってはいけない」いい島ではないか。」(91頁)

「ジャックがプロの漁師だったことは、この人を理解する上でなかなか重要だと思う。(中略)知的であっても、彼は書斎の人ではない。いつでも戸外にいること、海の中にいること、現場で動いていることが彼の知性を動かす必須の条件なのである。だから漁師だった日々も幸福だっただろうと想像するのだ。精神と肉体と意志の調和という点でやはり常人ではないと思う。」(115-116頁)

「自然を相手に何かをしようとして、条件がよければ素直に喜び、条件が悪ければそれを克服することを喜ぶ。本当にひどいことになれば黙って耐えるのだろう。(中略)提供してくれるものをそのまま受け取るしかない。たぶんジャック・マイヨールはその達人なのだ。」(136頁)

「記録に挑戦している時、精神と肉体を分ける西洋流の思想では捕らえられないものがあると彼は考えた。それがヨガの門を叩いた理由だという(同じようにして禅にも教えを乞うている)。」(158頁)

「ジャック・マイヨールの名はイルカと深く結びついている。(中略)しかし、実際に近くで見ていると、イルカとできることは一通りしてしまったという印象が強いのだ。(中略)だが、クジラの方は違う。彼はまだまだクジラと一緒にすることがある。クジラに教えてもらうことが多いと言った方がいいかもしれない。」(170頁)

「「クジラも歌う?」「歌う。いつも歌っている。あれは偉大な生き物だ。」とジャックは言って、遠くを見た。」(175頁)

「彼は過去の話をするのを好まない。(中略)その過去が現在を説明するのだと言っても、本人は過去の業績で今の自分を評価してほしくないと思っている。」(181頁)

「シロナガスクジラと泳ぎたい。考えてみれば、これはほとんど無価値な、その分だけ詩的で哲学的な願望である。ジャック・マイヨールという男の精神のいちばん奥にあるのは、何かしら偉大なものに近づこうという意志、自分の内なる力によってそれを実行したいという欲望らしい。」(185頁)

「西欧のいろいろな言語でクジラという言葉がみな「回転」という意味を語源に持っている、とメルヴィルが書いていることをぼくは思い出した。」(195頁)

「夜風が涼しい甲板で、ジャックがしてきたことの意味を考えた。(中略)ここで大事なのは、彼のしたことがわれわれみんなにとってどんな意味があるかということだ。二十世紀、人間の生活はずいぶん変わった。しかし、それは科学技術に頼る変化であって、人間そのものは少しも変わっていない。(中略)だが、ジャックはまるで違う原理によって新しいことをした。彼はわれわれみんなの中に眠っていた能力を引き出したのだ。(中略)水の中では呼吸できない、だから水の中でに長くはいられないと信じている。しかし、その限界を人間はずいぶん過小評価してきた。(中略)まして100メートルを超えるなど生理的に不可能、論外な話だと学者まで含めてみんなが考えていた。(中略)ジャックは深く潜った時の自分の身体の反応に耳を傾け、いわば自分の身体と何度となく親密な議論を重ねた上で、できるという結論に達した。(中略)ジャックは実際に100メートルまで潜り、臆病な学説をひっくり返した。」(200-203頁)

「ジャック・マイヨールにとって素潜りでできるかぎり深く潜るとか、イルカと遊ぶとか、クジラと共に泳ぐとか、そういうことはその時々の目的に過ぎない。彼の気持ちの最も深いところには地上を捨てて水の中に帰ってゆきたいという夢想があるのだ。」(219頁)

「水から上がった時の彼の満足感と淋しさの混じった表情、あれはそういう思いのあらわれである。(中略)生きる苦しみなど何一つ知らず、生きることの喜びだけを大海から感じ取り、その喜びの意味について、宇宙全体の中に自分がいることについて、かぎりない瞑想をつづけているクジラと同じ思いを共有したい。クジラが見る夢を共に見たい。」(221頁)

ジャックは、自ら命を断ちました。
多くの人がその謎に、意味を知ろうとアプローチをしました。
しかし、ここで池澤氏が述べている「解」が、大きな一つだったのではないでしょうか。
真相は、ジャック本人しか知りません。
彼は、還るべき場所に還っただけなのです。
もうすでに姿を変えて、私たちのすぐそばの海まで来ているのかもしれません。



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