『巨いなる企て(上・下)』(評価★★★☆☆) | 遠近法で描く中国 -2nd Season-

遠近法で描く中国 -2nd Season-

片手にピストル 心に花束 唇に火の酒 背中に人生を。 

著者:堺屋太一
出版:文藝春秋 / 1984年 / 文庫本
ジャンル:歴史小説

関ヶ原の合戦(慶長5年/西暦1600年)において、西軍の参謀格とされた石田光成を主人公に据え、豊臣秀吉の死の前後から、合戦前夜までを描いた歴史小説です。
ですが、官僚出身で多方面で活躍される堺屋氏の小説では、単にそれをフィクションとして捉えるのではなく、現代社会と比較した組織や機構の在り方、また光成を中心とした官僚たちと対する大大名徳川家康との心理戦を、大変細やかに描いています。

この小説の冒頭で堺屋氏は、このように述べています。
「石田光成という人物は、「関ヶ原」というあまりに巨大なプロジェクトを創造し実行したために、美醜両面の粉飾を受け、歴史の中では実際以上に大きな存在として描かれてきたきらいがある。だが、この大事業の創造者(メーカー)兼実施指導者(プロデューサー)という部分を拭き取ってみると、彼の姿ははるかに小さいものになってくる。」(「書きはじめるに当たって」8頁)

事実、256万石を有し、秀吉政権下の五大老筆頭である家康と、わずか19.4万石で奉行の一人でしかない光成の力の差は歴然としています。それは武功の差としても明らかであります。
その光成が、亡き太閤の跡取りである幼年の秀頼を守り、豊臣家の天下を維持しようとし、反対に秀吉の後は自分が天下人になるべきだと考え、行動する家康とは、当然対立をしていきます。
時世は当然家康を後押しし、豊臣家に縁のある大名も次々と徳川の下になびいていきます。これはある意味では「保身」であり、またそれによって「利」を得ようとする動きでもあるのです。

秀吉の死から関ヶ原の合戦までは、わずか2年しかありません。その2年という年月も、歴史の教科書に依るならば、わずか数行または数ページのことなのかもしれません。しかし、光成にとっては最終的に家康を倒すことを目標とし、家康との謀略合戦を繰り広げた密度の濃い2年間であったのです。

堺屋氏はこれを「巨いなる企て」と称し、光成を追い続けます。そしてこの創造者兼実施指導者が、何を誤ってあのような結果を導いたのかを示しています。
文庫本にして2冊になる長編ですが、関ヶ原の合戦自体は描かれていません。堺屋氏が描きたかったのは武将としての彼ではなく、そこまでに至った「官僚」としての光成の心と姿だったのでしょう。


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