劇場     兵庫県立芸術文化センター
観劇日    2010年1月23日(土) 
開演時間   14時30分~16時  
座席     1階A列

ルイス・ブニュエルという名前を聞いただけで脳裏に浮かぶ映像がある。
これはもう条件反射!
映画『アンダルシアの犬』の冒頭、女の人の眼が剃刀で水平に真っ二つ
に切られるというショッキングな、そしてあまりにも有名なシーン。
勅使川原さんが「ブニュエル」と言うたびにヒィ~、寒気が走った(笑)。



土曜日、6月の公演のプレレクチャーに行ってきた。
(まだ1月なのにね!)
公演名は「オブセッション」。5月にシアターコクーン、6月に兵庫県
立芸術文化センターで行われるダンスの舞台で、勅使川原三郎さんと
佐東利穂子さんの初のデュエット作品になるらしい。
去年、フランスで初演され、絶賛された新作だそう。フランスの新進女
性ヴァイオリニスト、ファニー・クラマジランの生演奏付き!
(芸術文化センターのほうは録音になるらしい。)

レクチャーにもお二人で登場。
舞台下手側に置かれた椅子に二人が腰掛けて、舞台中央にはスクリーン
が用意されていた。
(きゃ、佐東さん、超小顔!勅使川原さん、踊ってない時は可愛い♪)
ジャスト1時間半の間に勅使川原さんがフリーでしゃべって、ときどき
思い出したように佐東さんと会話し(笑)、その間を映像でつなぐとい
う講演スタイルだった。(レクチャーですもんね!)
勅使川原さんのお話を拝聴するのは2005年の「BONES IN PAGES」以来
2度目。その時に受けた印象や、TV番組のインタビュー等とは今回全然
違うのに驚いてしまった。聞き手のヘンに小難しい質問や、決まりきっ
た質問にボソボソ答えている(笑)時よりも、今回のように自由に語っ
ていただいたほうが断然エエやんっ!
そして、やはりダンスでは独自のスタイル、世界観で異彩を放っている
勅使川原三郎さんらしい内容だと感じた。

映像としては、佐東さんのソロ作品「SHE」、去年の舞台「ダブルサイ
レンス
」、フランスの盲学校の生徒に教えている映像(「DAWN」?)、
フランスでのワークショップの様子など。
今回、レクチャー参加者には勅使川原さんが主宰するKARASUのオリジナ
ルポストカードが4枚渡された。

以下、印象に残った部分を断片的に。
(言葉はこの通りではないけれど、こんな意味のことだったと思う。)

・・・・・・・・・・・・
新作「オブセッション」はルイス・ブニュエルがサルバドール・ダリと
組んで製作した映画『アンダルシアの犬』に着想を得たもの。
この映画は特にストーリーはなくて、脈絡のない短い映像をつなげた
シュールレアリズムの作品で、これを勅使川原さんは十代後半に初めて
見てビックリしたそう。(美しい!と思った、とも表現されていた。)
その時、この映画は自分に突きつけられた質問であると思った。自分は
何ができるのか、これから自分は何をすればいいのか、と。
これがきっかけでダンスを始めた、ということだった。
それまでは映画や音楽が好きだったけれど、この思いを表現するには、
何かを介するのではなく自分の体を使ってやるのが一番いいと思った。
まずクラシックバレエを習って、それから先生についてダンスを。それ
でも飽き足らず、やめて自分でやり始めた。その時に、今までのやり方
をくずしてしまおう、自分のやり方でやろうと思った、とのこと。

特に面白かったのは、新作「オブセッション」の短い編集映像を見なが
らのトーク。
『アンダルシアの犬』は人間の潜在的なもの、自分でも気づかなかった
感情に気づかされるという映画だけれど、これを映像ではなく、ダンス
でやったらどうなるか、ということで挑戦したのがこの新作だそう。
ムービーから聴こえてくるヴァイオリンの音色がとっても印象的!
曲はイザイ作曲のヴァイオリンソナタ。
「偏愛」をテーマに男と女が登場する作品だ。
(少し見ただけでもドキドキ。私はちょっと『コレクター』という映画
を連想してしまった。)

「僕たちの体の使い方は音に合わせて振り付けをする、というようなも
のではないんです」とのこと。
佐東さんいわく「音楽を聴いて模索しているうちに、あの動きが導き出
されました」。
「それは不安定で、孤独感を伴った動き。佐東利穂子の体と共にある音
ではあるけれど、楽譜に合わせた踊りをしているわけではないんです」
と補足する勅使川原さん。
つまりこの音楽にはこの動きしかない、という必然的な動きが自然と生
み出されるということらしい。

他にはギリシャのおばちゃんたちの話から派生して、アポロン的調和の
ダンス VS ディオニュソス的狂乱のダンスの話も楽しかった。
・・・・・・・・・・・・

映像を見ながら話を聴いていると、音楽と体が一体になれる感覚という
ものがちょっとは想像できた気がする。
それは肉体的にも精神的にも大変幸せなことなんじゃないだろうか。
と同時に、この人たちのダンスは習ったからといって決してできるもの
ではないんだとあらためて感じ入ってしまった。

そして気づいたのは、観客である私たちにも受け取り方、感じ方には
2種類あるのではないかということ。
1つはストーリーがよくわかり、内容が理解できたことで、面白かった
と感じるタイプ。
もう1つは、ストーリーとか内容に多少わからない点はあっても、感情
が揺さぶられることに面白さを感じるタイプ。
・・・そもそもダンスの知識も素養もない私に勅使川原三郎さんの作品
を理解するのは到底ムリ。それでもひとたびダンスを見てしまうとハー
トを揺さぶられてしまう。この場合は明らかに後者だ~!

「このヴァイオリンの音色は生理的に、肉感的に、体の内側に響く音」
とか、「こすれるような質感の音」とか。
勅使川原さんが口にする言葉にはとても新鮮な響きがある。
その言葉のどれもが、きっと自分の体や感覚と対話しながら導き出され
た必然的なものなんだろうなと思う。
このひとの場合、ダンスも言葉も同じプロセスを通って生まれてくるの
に違いない♪

●「オブセッション」 公演情報はこちら


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