消費税の乗数を組み込んだ内生的経済成長モデルの必要性 ― 日本の消費税減税を分析するためのDSGEモデル再考 ―
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1.要旨
DSGE(Dynamic Stochastic General Equilibrium:動学的確率的一般均衡)モデルは、金融政策・財政政策が景気循環や経済成長に与える影響を分析する有力なマクロ経済モデルである。
特に、内生的経済成長を組み込んだDSGEモデルは、資本蓄積、技術進歩、人的資本、人口動態などを通じて、政策が長期的な経済成長に与える影響を分析できる。
しかし、日本の税制、とりわけ消費税減税の効果を分析する場合には、税目ごとの経済波及経路を十分に識別する必要がある。
消費税、所得税、法人税、社会保険料は、いずれも政府収入を生み出すという共通点を持つ一方、課税対象、負担主体、価格への影響、企業のキャッシュフロー、消費・投資・労働への影響が異なる。
したがって、税を単一の変数として扱うモデルでは、消費税減税によって生じる税収減少と、それに伴う消費・GDP・所得・企業利益・他税目の税収変化との相互作用を十分に捉えられない可能性がある。
本稿では、この問題を踏まえ、内生的経済成長DSGEに消費税の独立した乗数・課税ベース・価格波及・企業キャッシュフローを組み込む必要性を提案する。
2.問題意識
日本の財政政策を分析する際、「税」を一つの変数として扱うだけでは、現実の税制構造を十分に表現できない。
日本には、消費税、所得税、法人税、社会保険料、関税等の複数の負担が存在する。
これらを単純化して、
T=tY
のように表現すると、税率tの変化がGDP Yに与える効果を一つの関係として扱うことになる。
しかし、現実には、
消費税 ≠ 所得税 ≠ 法人税 ≠ 社会保険料
である。
税目によって課税ベースと経済への伝達経路が異なるからである。
3.税目別の経済波及経路
3.1 消費税
消費税は課税取引を通じて消費価格に影響する。
概念的には、
消費税率
↓
消費価格
↓
実質購買力
↓
消費
↓
企業売上
↓
生産
↓
GDP
という経路を持つ。
したがって、消費税率の変更は単なる政府収入の変化ではなく、価格と実質購買力を通じて需要側に作用する政策変数である。
3.2 所得税
所得税では、
所得税率
↓
可処分所得
↓
消費・貯蓄・労働供給
↓
GDP
という経路が中心となる。
所得税率を変更しても、その変更が商品の小売価格に直接加算されるわけではない。
3.3 法人税
法人税では、
法人税率
↓
税引後利益
↓
投資
↓
資本蓄積
↓
生産能力
↓
GDP
という経路が重要となる。
したがって、法人税は特に投資・資本蓄積を通じた中長期的効果を持つ。
3.4 社会保険料
社会保険料は、企業の労働コストと家計の可処分所得の双方に影響する。
社会保険料率
↓
労働コスト・手取り所得
↓
雇用・労働供給・消費
↓
GDP
という複数の経路を持つ。
4.税目別乗数の必要性
以上から、税率を一つの政策変数tとするのではなく、税目ごとに政策変数を設定する必要がある。
tC=消費税率
tI=所得税率
tK=法人税率
tS=社会保険料率
その上で、
MC=∂Y/∂tC
MI=∂Y/∂tI
MK=∂Y/∂tK
MS=∂Y/∂tS
として、それぞれのGDPへの限界効果を識別する。
本稿ではこれを「税目別財政乗数」と位置づける。
重要なのは、
MC ≠ MI ≠ MK ≠ MS
となり得ることである。
同じ10%の減税であっても、どの税を10%下げるかによって経済効果は異なる。
5.消費税減税の特殊性
消費税減税は、所得税・法人税減税とは異なる経路を持つ。
概念的には、
消費税率低下
↓
消費価格への影響
↓
実質購買力上昇
↓
消費増加
↓
企業売上増加
↓
生産・雇用・投資増加
↓
所得・利益増加
↓
所得税・法人税等増加
という波及が考えられる。
したがって、消費税減税による財政効果は、消費税収の減少だけでは評価できない。
6.税目間フィードバック
消費税減税によってGDPが増加すれば、その結果として他の課税ベースも変化する。
例えば、
GDP増加
↓
所得増加
↓
所得税収増加
また、
GDP増加
↓
企業利益増加
↓
法人税収増加
という経路が考えられる。
したがって、総税収の変化は、
ΔTtotal
=
ΔTC
+
ΔTI
+
ΔTK
+
ΔTS
+……
として評価する必要がある。
これは、税目間の相互作用を含む財政政策モデルを必要とする。
7.企業キャッシュフローという論点
消費税を分析する上では、企業の利益だけではなくキャッシュフローを考慮する必要がある。
消費税の納付税額は基本的に、
売上に係る消費税
-
仕入れに係る消費税
によって計算される。
そのため、法人税のように利益そのものを課税標準とする税とは性質が異なる。
利益が赤字であっても、取引構造によっては消費税の納付が発生し得る。
したがって、
売上
↓
仕入
↓
消費税の入出金
↓
納税
↓
企業キャッシュフロー
という経路を考える必要がある。
資金不足が発生すれば、
借入
↓
納税
という資金調達経路も発生し得る。
この企業の流動性・資金繰りへの影響は、単純な所得・利益モデルでは十分に表現できない可能性がある。
8.既存の内生的成長DSGEとの関係
内生的成長DSGEは、
政策
↓
投資
↓
資本蓄積
↓
技術・生産性
↓
長期成長
というメカニズムを分析する点で有力である。
しかし、モデル内で税を単一の財政変数として扱う場合、
消費税
と
所得税・法人税・社会保険料
の違いは十分に識別されない。
その場合、
・税目別財政乗数
・課税ベースの違い
・消費税の価格経路
・企業キャッシュフロー
・税目間フィードバック
などの分析情報が不足する。
したがって、
「内生的経済成長を持つDSGEモデルは、長期的な成長メカニズムを分析する上で有力な手法である。しかし、消費税・所得税・法人税・社会保険料など、課税ベースと経済波及経路が異なる税目を十分に識別しないモデルでは、消費税の比重が大きい現在の日本経済における税制変更、とりわけ消費税減税の効果を分析するための情報が大幅に不足すると言わざるを得ない。」
9.提案するモデル
本稿では、既存の内生的成長DSGEを否定するのではなく、そこに税制別の財政構造を追加することを提案する。
基本構造を、
税制
↓
需要・供給
↓
投資・雇用
↓
資本・人的資本・生産性
↓
GDP
↓
税収
とする。
さらに、
(消費税率、所得税率、法人税率、社会保険料率)
を独立した政策変数とする。
これにより、
「消費税を1ポイント減税したとき、消費税収はどれだけ減少し、その結果GDPがどれだけ変化し、そのGDP変化によって所得税・法人税・社会保険料等がどれだけ変化し、最終的な総税収がどう変化するのか」
を一つのモデル内で検証できる。
10.ラッファー曲線との接続
このモデルでは、ラッファー曲線も単一の税率ではなく、税目別に拡張できる。
単一税の場合、
T(t)=tB(t)
である。
しかし複数税制では、
Ttotal
=
TC(tC)
+
TI(tI)
+
TK(tK)
+
TS(tS)
となる。
さらに各税の課税ベースは互いに影響する。
したがって、現実には、
Ttotal=F(tC,tI,tK,tS)
という多変数の税収関数として考える必要がある。
これは、従来の一変数のラッファー曲線を、複数税制の財政政策へ拡張する考え方である。
11.研究上の仮説
仮説1
消費税、所得税、法人税、社会保険料では、
MC ≠ MI ≠ MK ≠ MS
となる。
仮説2
消費税減税のGDP効果は、単純な税収減少額だけから推計することはできない。
仮説3
消費税減税によるGDP増加が所得税・法人税等の課税ベースを拡大することで、直接的な消費税減収の一部が他税目の増収によって相殺される可能性がある。
仮説4
長期では、消費税減税による需要効果だけでなく、投資・資本蓄積・生産性への影響を通じて結果が変化する。
12.今後のシミュレーション
今後の実証・シミュレーションでは、少なくとも以下のシナリオを比較する。
ケースA
消費税10% → 5%
ケースB
消費税10% → 0%
ケースC
消費税減税と所得税減税の比較
ケースD
消費税減税と法人税減税の比較
ケースE
消費税減税と社会保険料減額の比較
各ケースについて、
GDP
消費
投資
雇用
物価
所得税収
法人税収
消費税収
社会保険料収入
総税収
を比較する。
さらに、
1年
→
3年
→
5年
→
10年
→
20年
という時間軸で分析する。
13.結論
DSGEモデルは、経済政策を分析するための強力な枠組みである。
特に内生的経済成長DSGEは、税制・投資・資本蓄積・技術進歩を通じた長期的な経済成長を分析する上で有力である。
しかし、
DSGEであること
≠
税制を詳細に表現していること
である。
消費税、所得税、法人税、社会保険料は、課税対象も経済波及経路も異なる。
したがって、日本の消費税減税を分析するためには、税を一つの財政変数として扱うのではなく、
税目別乗数
+
課税ベース
+
価格効果
+
企業キャッシュフロー
+
投資
+
資本蓄積
+
税目間フィードバック
を統合したモデルが必要である。
本稿が提案するのは、既存の内生的経済成長DSGEを否定することではない。
むしろ、
内生的経済成長DSGE
+
税制別財政乗数
という拡張によって、日本の現実の税制、とりわけ消費税減税をより適切に分析できる可能性を検証することである。
最終的な研究課題は、
「消費税を減税すると税収はどれだけ減るのか」
ではなく、
「消費税を減税した結果、経済全体がどのように変化し、その結果として税目別の税収と総税収が最終的にどう変化するのか」
を動学的に明らかにすることである。