我が家の3姉妹の末っ子が県立高校に入学しました。


龍ケ崎に引っ越しして来た時はまだ3歳だった3女


今では姉達の身長を抜いてしまい 私も見下ろされるくらい。。。


次女も同じ高校だったので苗字を見て先生方や先輩方が悪名高い次女を思いだし話しかけてくれたり


これからもよろしくお願いいたします!

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今日は龍ヶ崎 3.11支援チーム
りゅうのしっぽのマスコット
「しっぽくん」の作者のパパさんとママさんにお会いしました
なんて素敵なご夫婦!(*^o^*)

大震災以来、ママさんこと
... りゅうのしっぽ、牛久支部長のまゆみさんにはいつも助けてもらって今日まで来れました!

この春、なんとか慌ただしくも
幼稚園に入園が決まった男の子
園で使う、バックやらスモッグ、巾着を用意するのにミシンがないと言う事でまゆみさんが
ご自身のミシンとまゆみさんのお子さんのスーツや靴をお借りしたり
新品のお洋服を戴いたり!

(=´∀`)人(´∀`=)

難しいことじゃなく
ご近所の助け合いみたいで
支援して下さるご夫婦に感謝です!
後、ペンキ塗りのお手伝い?
お邪魔しました!
先週、避難しているママさんと小さいお子さん達を幼稚園にご案内して2日間、日曜日礼拝にお邪魔したりイースターランチお手伝い、イースターエッグを園庭でみんなで探したり。
ランチのお皿を洗っている間に園長先生とママさんで入園の手続きや助成金のお話が持たれました。
幼い、4歳の男の子が住民票は龍ヶ崎に移し、世帯主と言う現実。龍ヶ崎市民なのだ。
そうしないと医療や予防接種など不便な事が多々あるから。
避難していて二重生活だから
幼稚園入園は2年でとあきらめていた
... でも最近、公園とかで遊んでいる同じ年頃の子達が気になる
一緒に遊びたい
なんて声をかけたらいいのか
わからない
幼稚園に通った方がいい
園長先生はそういった

避難していてもいなくても
子供は成長する
集団生活へ
友達の輪のなかへ
以前、お世話になったみーちゃんは1年幼稚園に通ってなかったからなかなか馴染めず、色んな事を拒絶したり、表情が硬かったり。
実は大変だったんだと卒園してからお聞きした。


3月11日を過ぎたらまた置き去りの避難されている人達がいる


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またまた、あの幼稚園にお邪魔しました

もうすぐ幼稚園の男の子 どうしたらいいかな

小さな手をひいて園長先生のお話をお聴きしました
...
ママさんの迷いがふっきれたかな

ボランティアの交流会などではカバーできない事が多々あります

その時はお力を貸してください

難しいことをしてくれなんて誰も言っていないから

子育ての悩みは避難していてもしていなくても同じだから

「こどもの時間」は今しかないから

帰りには礼拝堂の木の上にキレイなお星さま ひとつ ふたつと数
えてて

春から友達沢山出来るといいね

週末に「市民活動フェア」に展示する為、パネルを作っていたら夜明けぼー晴れ


朝日が眩しいです。。。以前、取材を受けた常陽新聞さんから1週間たって送られてきました!


しかも1面アップトップを飾ったのは 「3.11 土浦ひかりのプロジェクト」でのパネルディスカッションの様子


とともに「3.11支援チーム りゅうのしっぽ」の記事もありました


茨城県土浦市ではお友達でふうあいねっとのメンバー ひつじさんと石川さんが毎月交流会でコツコツと


エコキャンドルを作り続け、土浦社協とともに戸別訪問を開始されたと言う記事も載っています。


龍ケ崎は?年末に龍ケ崎市役所の職員の方が50世帯112名のお宅に訪問し13世帯は留守。不在。


アンケートとお餅を届したそうです

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一緒にはまだ戸別訪問は出来ませんうう


名簿は前の福祉委員長があるルート(市役所しかいないけど)から入手してそのまま辞めたので


私達 りゅうのしっぽは避難所で知り合った方、交流会でつながったごく一部の方にしかお会い出来ていなかったり支援出来ていなかったり。。。


個人情報ってなに?人手に渡っているじゃんと思います


ああ、またこういう事書くとチェックされているので嫌ですねばいちゃん





福島県から避難されているご家庭の女の子が
幼稚園を無事卒園しました。

避難してきて丸2年 ご両親の就職はなかなか難しく市に相談した
り、市内幼稚園、ある子育てセンターにも相談しましたがどこにも
行けず保育園と併設の子育て支援センターで「未就園児の開放日に
参加出来ませんか?」と聞いたら「3歳未満の小さなお子さんばか
りだから参加されても」と言われた日の事を悲しく覚えています。

その帰り道 ふと見上げた電信柱に「竜ケ崎幼稚園」の看板が。
そのまま園に相談に伺い、次の日にはご家族をお連れし、園長先生
との面談。。。
1年間幼稚園に通えなかった女の子を

園長先生はそばに呼んで
「君は今日から〇〇組さんだよ」と言った瞬間の嬉しそうな笑顔、

ママさんと私は思わず泣いていました。

竜ケ崎幼稚園の先生方、昨年の5月からこの春まで長い事お世話に
なりました。

明日女の子に「卒園おめでとう」を伝えてきます


遊び、笑い、泣いて

やっと子どもらしさを取り戻せたと思います

有難うございました

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 卒園おめでとう

久しぶりにあった女の子は背も伸びて髪の毛も長くなって飛びついてきた

突然、幼稚園に入園させてもらったから家から離れた幼稚園バス停まで毎朝お父さんが自転車で送ってくれた 義足で一生懸命ペダルをこいで

クリスマス会の時も自転車で2人で行った 帰りは真っ暗な道

避難して丸二年,
仕事が決まらない

卒園アルバムにはお父さん、お母さん、女の子が照れ臭そうに映ってる写真

卒園式には福島からおばあちゃんも来て泣いた

女の子がお友達と幼稚園で過ごす事に協力してくださった
園の先生がた、本当に有難うございました
お世話になりました

あの子が同じ年頃のお友達と

常陽リビングの美人記者さんと
珈琲とむとむでお話してきました!
カフェオレをオーダーしたら
パーフォーマンスつき(*^o^*)

最近また自分のブログを見てあの大震災からの2年を振り返りました。
... 避難所が終わってからが本当に大変で800人以上登録したと言われているボランティアは避難所終了後、まるで祭りの後のように人が居なくなり、途方も暮れた私にブログなどを通じて知り合った方々から多くの支援をご協力戴きました
本当に有難うございます

今日、茨城県龍ケ崎市役所
危機管理室にお電話して
現在の市内避難者112名
50世帯の方々が未だに避難生活をされていると教えて戴きました。
今年の3.11が終わるとまたTVやメディアから被災地や被災者の方の報道が減ります。

毎日放送や心配をしなければいけないのではなく、たとえ、実行に移さなくとも心だけでも寄り添える事が出来たらと思います

常陽リビングのNさん長い事、お話を聞いて下さって有難うござました

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2013年3月11日 は娘の卒業式前日だったので参加をギリギリまで迷っていました


前日 まゆみさんに顔だけだしてくると言うと一緒に行って下さると言うので一緒にお邪魔したら人手がないから

早速、案内ポスターなどの貼り付け 前日からの風の強さ!



まゆみさんとポスター張っていると「地元の人?」と話しかけてきた男性。初めてお会いしたふうあいねっとのお互いさまの只野さん わざわざ駆け付けて下さいました。


わくわくプロジェクトのひつじさんと石川さんが毎月せっせと廃油を使って作ったエコキャンドル500個


使用済みの封筒で作ったキャンドルスタンドとともに「3.11」とセッティングのお手伝い



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明日を前に龍ヶ崎市に避難されている方にお電話した

避難所に避難されてきたおばちゃん

あれから2年経ったんだね

高齢のご主人は福島で仕事もあるし住み慣れたところから離れたく
ないと離れ離れ

市の臨時職員だったけど12月に肩叩きみたいな話をされた
...
辞めろって事かなと思い、辞めた引き留めてくれた同僚もいた電話をくれたり手紙をくれたり

年金ももらえているから、自分は龍ヶ崎が地元じゃないしでも仕事をしていないと1日は長い
話をする人もいない

一人なんだと改めて思った 避難している人同士 挨拶やほんの少しの立ち話しかしないでね


旦那さんの体調が悪くなり何度か車で帰った仕事を辞めてよかったかも
受話器の中でさびしげに笑った

高速はもう無料ではないから帰りは下道を5時間かかった
長時間の運転は身体にこたえた

しばらくゆっくり休むよ

2年たっても先が見えない

福島県の自宅の周りは少しだけ
線量が下がった

でも帰りたくない

ここのところ、福島県や被災地が取り上げられる

原発はどうなるんだろう

また再稼働させるつもりか?

あの恐怖の中で逃げてきた事を
忘れることは出来ない

また繰り返してはいけない

気がついたら1時間話してました
会う約束をした

元気
来週 3月11日でもうすぐ東日本大震災から2年
今日は常陽新聞の記者の方の取材を受けました

長い長い2時間でした 

茨城県の中でも最後の方に出来た龍ケ崎市たつのこアリーナ避難所
福島県から避難されてきた方 子供達 帰った人 残った人
その時の状況 私の感じたこと
記者の方の質問にあの時の思いが甦り、自分の無力さをまた感じ

国の 県の 市の対応
... 周りの人の支援、思い、反応さまざまで
今まで出会うことのなかった人達
各地のボランティア・支援されている人達

願いは 日本のどこに避難しても同じように支援や保障を受けられ
ること

来週の3月11日前にTVや新聞 イベントで盛り上がり 被災地
や避難されている人 仮設がTVに映るけど その後を大切に風化
させないでほしい

今日 取材の記者の方に3.11支援チームりゅうのしっぽの事を
紹介して下さり避難してきたお子さんを受け入れて下さった竜ケ崎
幼稚園の園長先生に感謝します

有難うございます