ピンクと白の可愛らしいバラの群生

 

 

介護というものは、自分の親でもしんどいものですね。

さらに夫の両親、つまり義両親ならもっと苦労が多そう。

というのは、夫という家族の親族は赤の他人だからです。

もちろん、義両親ととても仲が良く、実の娘のように接している人もいることでしょう。

でも多くの妻たちは、息子の嫁として義両親から期待をもたれたり、夫に対するサポートを求められたりなど、要求が多く、そのため息苦しく感じることもあるではないでしょうか。

さらに孫が生まれた時は祖父母としての立場なども絡んでくるので、ますます面倒になることもあります。

 

また介護の問題も、家族の姿がくっきりと浮き彫りにされます。

 

私が一番気になるのは

介護を通じて、夫婦の在り方も大きく変わること。

これまで気づかなかった義理の親に対する配偶者の本音が、介護を通じて見えてくると、

夫婦の関係が深まる場合もあれば、離婚を考えてしまうほどの危機が訪れることもあるのです。

 

ふとしたことから義理の両親の介護に携わったワーキングウーマンの夫婦関係から

夫婦とは何かを考察してみましょう。

 

子供のいない40代夫婦に突然親の介護問題!

 

Aさん夫婦は子供がいないが、お互いに理解し合う夫婦。たまに夜から朝まで語り合いながら大喧嘩をするほど、仲がいい。

夫婦は子供を望んでいたが、不妊治療をしてまで子供が欲しいと強い気持ちはなく、「自然の流れで、子供が誕生したら」親になろうというスタンスだった。

お互いにそれぞれの仕事をリスペクトしている。だから二人で助け合って成し遂げるということも特に必要がなく、それぞれが仕事ややりたいことに邁進して、充実の日々だった。

 

ところが夫婦二人だけの日々に、ある日、夫の両親の介護問題が突然起こってしまう。

 

夫は、義両親が年齢が高くなってから生まれたため、両親は高齢だったが二人とも健康で、病気を患うこともなかった。そのため介護問題は、40代のAさん夫婦にとって、青天の霹靂だった。

 

夫には兄弟がいたが、誰も率先して面倒を見るという人はいない。

親族と話し合っているうちに、モヤモヤが募ったAさんは思わず「私がやる」と手を挙げてしまったという。Aさんの勇気はすごいと感心してしまった。

 

義両親の介護を引き受けた女性。夫は何故か冷淡な態度

 

 

Aさんが引き受けた理由は「義理の両親との関係は、あっさりとしていました。私に対して嫁としての期待もあまりなく、『孫の顔が見たい』というプレッシャーもなかったから」

 

介護のことを勉強したいという気持ちも、引き受ける理由となった。

ところが、いざ実際にやってみると、施設の決定から、施設に入るまでの二人の食事(弁当)の選び方、書類の管理などなど、生活の隅々に渡って途方もなくやることが多くなり、「気が抜けない」日々が続いたという。

 

介護には気分転換が必要ですね。

10年以上前に田園都市線の沿線に住んでいた頃、銭湯浴場で隣に座った熟年の女性が、「毎日介護で大変なの。ヘルパーさんに任せて、たまに銭湯でゆったりとすることで、命の選択になるの」と打ち明けてくれた。

心身ともにリフレッシュすることも必要なのだなあとあの時は感じたものだ。

 

子育てと介護は全く違うが、どこかで自分を解放してあげて、一人時間を作ることで、する側が生き生きとなるのではないでしょうか。

 

Aさんも仕事がらみで気分転換をすることができた。その時、介護に追いかけられていたことを感じたという。終わりのない介護に、へとへとになっていたことに、気づいたのだ。

 

そして「夫との関係」にも「これでいいのか」という疑問が生じていた。

実の息子なのに、どうして夫は積極的に介護に協力してくれないのだろう。

Aさんは次第に、夫に夫に失望していった。

 

夫の真意がわかった時、夫婦の関係はどうなったのか

 

「私が夫の実家に行くときはついて来てくれたり、病院の外来も一緒に行ってくれたりするのに、夫が一人で実家に行くこともなくて…夫は冷たいと感じるようになりました」

 

夫の介護に対する態度を見ているうちに、自分たちが老後になったときも、妻に対して冷淡になるのではと、Aさんは不安になっていく。

「離婚を考えたこともありました」

 

幸いなことに仕事と学びが、夫に対する不信感を紛らわしてくれた。それでも心のどこかで引っかかっていたという。

 

やがて向き合う日がやってきた。

「夫の義両親に対するスタンスは、ある意味で、斬新でした」

 

実は両親の介護に対する夫の姿勢は

「両親から『面倒を見てほしい』と頼まれたらやる。両親から頼まれない限り、やらない」。

両親から夫に「やって欲しい」という要望がなかったため、やろうとしなかったという。クールな親子関係といえますね。

 

「それよりも、介護をすると決意した私へのフォローが必要だと思ったそうです」とAさん。

夫が介護のために夫の義両親の家に同行するのは、「親の面倒をみるために」ではなく、「妻のフォローをするために」だった。“妻に付き添う”ということだったのだ。

後日、Aさんの夫は、Aさんが離婚を考えていたことに対して、驚愕したという。

夫の気持ちもわかりますね。幸いなことに離婚に至ることなかったそうです。

 

世の中にはいろんなカップルも、様々な親子関係がある。

杓子定規で測れないからこそ、分かり合えるためには話し合うことが必要だ。

そのためには相手に対する「もやもや」を放置するのではなく、なるべく早い段階で、話し合うこと。誤解が解けると、安心できて、さらに関係が深ることだろう。

 

 

 

子連れ再婚家族、野原を散歩

 

 

 

京都・南丹市の死体遺棄事件で11歳の安達結希さんが遺体で見つかり、翌日義父が逮捕された。その後殺人罪として再逮捕される。

数々の謎が未だに残っているが、謎がわかるたびに、何とも虚しい気分になる。最悪な結果となった事件を憂鬱と感じてしまう原因の一つに、子連れ再婚で幸せになっているカップルやこれから子連れ再婚をしようとしているシングルマザーに、躊躇や戸惑いというネガティブな感情をもたらしているのではないかという懸念だ。

 

 

夫の浮気が原因でシングルマザーに

 

子連れ再婚で幸せを掴んでいる夫婦もたくさんいる。お互いに子連れのカップルはもちろん、夫が初婚で、妻が子連れ再婚のケースもある。

私が知っているあるシングルマザーの女性は30代半ばで、二人の子供を育てながら必死に生きていた。そのうち、次男が知的障害者で、まだ幼い長男がまるで父親のように次男を守っていたそうだ。

シングルマザー、ユイさん(仮名)が離婚をしたのは、35歳のとき。原因は夫の不倫だった。

「元夫は華やかな業界のカメラマンでしたが、業界が低空飛行になったために仕事が激減し、介護業界に転職したんです。夜勤が多いため、なんとなく年下の同僚女子と浮気をするようになっていって…。私が子育てに必死だった頃、夫が浮気をしていたことにショックを受けました」

 

ユイさんは学生時代のエキストラのバイトで夫と知り合った。当時彼は映画のスチール撮影に臨んでいたという

ユイさんが卒業してウェブ制作の仕事に就き、再会がきっかけで交際して結婚したという。

「元夫がカメラマンだった頃は、優しかったんです。でも仕事が激減してから人が変わったようになりました。プライドを捨てきれなかったんでしょう。私は二人の子供を次々と出産し、次男が詩的障害者だったので、子育てに忙しかった。仕事と子育ての両立が難しくなったので、彼の収入に頼る生活になったんです。そのことも彼にとって、大きな負担だったみたいで」

 家族を養うために、元夫はプライドを捨てて、介護業界へ。三人目の子供を流産した頃、夫の浮気が発覚したという。

「流産と夫の浮気発覚とダブルショックでした。子供たちのために、我慢して結婚生活を続けようと思ったんです。でも元夫は子育てに忙しい私に甘えることができなくて、けっきょく職場の同僚女性の家に転がり込んでしまった。離婚して実家に戻りました」

 

障害を持つ次男を世話する小さな長男、実家の母親から言われた「ある一言」

 

実家の母親に子育ての協力を求めたユイさん。Web制作の仕事に復帰するつもりで就職活動を開始すると、母親から鶴の一言が発せられる。

 

「再婚しなさい」

 

ユイさんはあっけにとられた。二人の子供がいて、しかも次男は知的障害を持っている。そんな自分と一緒に暮らしてくれる男性がこの世にいるとは、どうしても思えなかったという。

「子供たちが再婚に賛成するかどうか、わからない」、「再婚のイメージが湧かない、自信がない」、「再婚よりまず仕事」と様々な理由で、母親のススメを断ってきた。

「でも子育てに協力してくれる母親に逆らえなくなってしまって、母親の知り合いの仲人に逢ってみると。私にぴったりの人がいるというんです」

 仲人女性が所属している中規模の結婚相談所は、フレンドリーで手厚いサービスを提供してくれるという。ユイさんは母親の知り合いの仲人の温かな人柄に惹かれて「あなたにぴったり合う」という男性に、会ってみることにした。

 

「その男性は私より3歳年上の映像制作会社勤務の方。写真では穏やかな印象です。でも38歳で初婚というのは、何かあるのではと勘ぐってしまいました。元夫の影響でプチ男性不信になっていたかもしれません」

 ユイさんは偏見を持たないように、なるべくフラットな気持ちで見合いに臨もうと待ち合わせのカフェに出向いたところーーー

 

 

人生初のお見合いで意気投合、相性はぴったり。だが不安も…

 

「初対面で意気投合しました。結婚前にマスコミで働いていたので、共通の話題が多く、とても楽しかったです」

 心配していた偏見も払しょくできたという。

「38歳で独身の理由も正直に語ってくれました。27歳から3年間2つ下の女性と同棲していたそうですが、破局してから結婚に向かないと思い込んでしまったそうです」。そのためさらに仕事にのめりこんでいったという。

 

 さらに同棲解消の理由も彼は正直に語ってくれた。

「彼は部屋のドアの開閉にも神経質で、結婚に向かないと思ったそうです。結婚を前提に暮らしていた女性と別れると、『一生独身』の4文字が友達の結婚式に出席するたびに、チラついていたそうです」。

 

 彼が結婚に前向きになったのは、ある地方で大地震が起こったこと。番組制作のために取材に臨むと、命のはかなさと人の運命はわからないという無常観にとらわれたという。正月に実家でそのことを話すと、母親から見合いを勧められたのだという。

「私が二人の子供のシングルマザーというのは、彼にとってマイナスではなかったですね。彼は私がいつもにこにこしておおらかだから、神経質な自分でも一緒に暮らせると思ったそうです」

 また懸念していた次男の障害の件も、「超えられると思う」と告げられたという。

「彼はかつて障害者施設を取りあげた番組の制作にも関わっていました。そのため家族の気持ちも理解できると言ってくれたんです」

 

 互いに初めてのお見合いで、将来の伴侶を決めた二人。見合いで婚活するのはかなりの苦労が伴うというが、ユイさんの場合は、まさに運命が動いたという気がする。

 

 

再婚の幸せは子供たちを中心に。子供が独立してから夫婦水入らず

 

 再婚は、ユイさんの子供たちの生活を中心に回っていった。長男が次男の世話をするという役割が、再婚夫も担うようになった。そのため自然に家族という“チームワーク”が生じたようだ。

 再婚から3年後に、家族が増えた。男子誕生でユイさんは三人の子供の母親に。夫や実家の母のサポートもあって、web制作に復帰し、嘱託社員として働いている。次男のことで家族が結束したことも踏まえ、障害者家族のコミュニティー発信の業務も手伝っている。

 そして再婚から7年目に4人目の子供が誕生。女の子だった。

 「天使のように可愛い」とみんなから出産を祝福されたユイさん。末っ子の女の子は、家族全員の宝物として、大切に育てられているという。


「再婚の夫は、パートナーです。子育てはもちろん、仕事や将来のことを語り合える。

子供達が独立して、余裕ができたら、夫婦でロングスパンの旅行を楽しもうね、と約束しています」

 

 

子連れ再婚で幸せになった女性の結婚観

 

 最初の見合いで意気投合して、子連れ再婚。そしてまた家族が増えていく。

 幸せを絵にかいたようなユイさんの幸せですが、再婚前はかなり苦労があったそうです。

 母親は強いと言いますが、それでも一人の人間です。くじけそうになったことが何度もあったそうです。そのたびに長男に励まされていたそうです。小学生の長男のけなげさに心打たれたユイさんは、気持ちを奮い立たせます。

 シングルマザーは父親の役割も兼用しているので、逞しくなければ生きていけませんね。

 

 さてユイさんが再婚で幸せになったのは、再婚相手の“家族になる”という心構えが既にできていたことです。知的障害者の次男の父親になる、次男を支えていた長男から重圧をのぞき、自分の息子として育てていくという、血のつながらない子供たちを受け入れていくことが、家族のとって必要なことだとわかっていたからです。その意味では、大人の男性と言えるでしょう。

  ややもすると、相手からの愛情を独占したいという願望が勝ってしまうこともあります。そうなると、子連れ再婚は、子供にとって決して幸せとは言えないものになる可能性もあるのです。

 

 ユイさんとその再婚夫は、再婚に当たって、相手に対する独占愛より、子供を含めた家族に対する情を選びました。まさに家族がチームであることを、二人とも熟知していたからですね!


子供達が独立してから、夫婦の楽しみが増える。そんな希望を抱けるのも、幸せな結婚といえます。2人の努力の賜物ですね。結婚生活は一人で成し遂げられないですから。

 

 

 

 




若く美しく見せる努力に疲れた女たち

 

 

エッセイストで小説家の女性を取材したことがきっかけで、こんなエピソードをもらいました。


「数ヶ月前までウキウキしていた81歳の恋愛中の女性の友人が、久しぶりに彼女に会うと、疲れてしわが深くなり、急に老いが深まったと感じたそうです。
80歳過ぎて彼氏(80代)と会うためには、いかに若く見せるか、着る物、化粧などに気を遣い疲れているみたい。とても感慨深いです」

80代でも90代でも恋をします。そして好きな男を繋ぎとめるため、綺麗に見せるために、あらゆる世代の女性達は美容にいそしむもの。
恋に年齢は関係ないのですが、このエピソードを聴いた私は10歳以上も彼氏より年上の女性たち(30~40代)のことを思い出しました。

年齢より若く見えるように努力するのは当たり前、さらに年下彼氏と同年代や下の世代の女性達のメイクを常にチェックし、「私の方が綺麗と思わせたい」とさらに努力を重ねる。
美容は「これでいい」という限界がないどころか、知らず知らずのうちに「もっと、もっと」と自分を鼓舞してしまう。そしてさらなる高みを目指のだそうです。
疲れるのは当たり前ですね。ゴールがない闘いと同じようなものだから。
しかも彼氏が年下の他の女性に略奪されたらという不安もあるそうです。

当時37歳だった桜さん(仮名)は、10歳年下の男性と結婚。
共働きでマーケティングいう激務をこなしながら、美容にも気を遣う日々。
「人に綺麗と褒められると嬉しい反面、“まだまだ”と納得できない。鏡を見ると小さな欠点が気になってしまう。自分が納得できないと、さらに頑張ることになり、次第に疲れていきました」。

 

 

終わりが見えない美への執着にふり注いだ光

終わりが見えないのが“若く綺麗でありたい”という願望。努力が不足しているのではないかという焦り。
そしてもし若く美しい女に、夫が奪われてしまったらどうしよう。そうなったら、一生懸命に努力しても、努力も水の泡。
桜さんは悩んで悩んで、悩み疲れます。そうして出てきた答えは次の通りでした。

「その時は、くれてやる~と開き直りました」

これはあっぱれ。覚悟を決めた女の強さです。
言葉を換えると、自信を持っている人ならではの肝が据わった強さなのです。
しかも「くれてやる~」というのは、引き際が美しい。顔をいくら綺麗にしたところで、引き際まで有終の美を飾れるかどうかは、その人次第だから。
桜さんのように自分に自信を持っている女性に、男は安心するものです。
女の自信からにじみ出る落ち着きに、男は安心して女のそばにいたくなる。だから男は離れません。

その後桜さんは二人の子供を出産して母親となり、年下夫とも関係は良好です。
妊娠をきっかけに、年齢よりも若く見せたいという執着がさらに落ち着いていき、今では“綺麗なお母さん”を心掛けているそうです。

 

中島みゆきの「化粧」は、愛するプライドを取り戻すための名曲


そういえば、中島みゆきの曲に『化粧』という歌がありました。
悲しくて切なくて、痛々しい失恋の歌です、魂まで揺さぶられるような女心が迫ってきます。
https://www.uta-net.com/song/1741/

ラブレターを返してもらうために、男のところにいく。
ラブレターは男に対する恋心。ラブレターに込められた自分の全てを返してもらうために出向く。
ただの失恋ではなく、ズタズタにされたプライドを取り戻しに出かけるのです。
この場合、化粧は“武装”するために、女にとって必要不可欠。男に見下されないために、自分のプライドをこれ以上ズタズタにされないために、自分を守る鎧です。

化粧は好きな男に好かれるためにするだけではなく
自分のプライドを護るために必要なのです。この世知辛い世の中では。
でもできたら、化粧は好きな男に「綺麗だね」とうっとりされるような幸せな瞬間をもたらされたいものですね。
そうなれば女心も安定します。安定すると気持ちも落ち着き、男は離れずにずっとあなたのところに居続けるのですから。