私はこれまで十数年にわたって延べ数千人の 自死遺族 と語り合ってきました。
「分かち合い」と私たちは呼びますが、分かち合いでは、遺族たちはその体験 と 気持ち と知 識 と 情報 を語りあいます。
さてこそ、数千人の遺族のお話をお聞きしてきたという体験を踏まえ、 医療者のみなさんにお願ししたいことがあります。
医療者の皆さんのお働きに頭が下がることもいっぱいありますが、
一方で、
愛する人を喪った悲しみが安易に「精神科医療」の治療対象としないでほしいのです。
悲しみの「医療化」への疑義を私はずっと持ち続けています。
悲しみはこころの中から湧き上がってくる「感情」のひとつです。
勘定は、余人にはどうにもできないものではないでしょうか?
たとえば、
運動会で勝ったり、合格したり、就職が決まったり、恋が成就したり、昇進したり、大きなプロジェクトが完成したり、お金がどっさり入ったり、欲しかった車が納車されたり・・・・子どもが産まれたり、愛する人が傍にいてくれる、病気が治って元気に帰宅できる日、など思わずルンルンスキップしてしまうことありますよね。
それらの「うれしい楽しい感情」には、とても自然で、もちろん治療の対象になんかなりません。
対極の感情が「愛する人を喪う悲しみ」だと私は思います。
愛してやまない大切な人を(失恋ではなく)地上から永遠に失う悲しみが、とても深く、切なく辛いのは、医療者も遺族も同じです。
愛する人を喪って、悦び唄ってるんるんしている人の方が心配です。
ところが、現状では、日本人のそうしたもっとも敏感な感情が、アメリカの精神医学会の定めたDMSに治療対象になっています。
悲嘆の「医療化」を pathiology と呼ぶのだそうです。
全米自死遺族協会の代表の W. Fiegelman博士からうかがいました。
アメリカでも悲嘆の安易な「医療化」が問題として研究がなされているそうです。
前掲した DMSによれば、悲嘆の悲しみが一年以上続いた場合、「治療対象」となるようですが、それは(日本人の喪の道の感性からすると)拙速にすぎませんでしょうか?・・・・
これは私だけではなく、多くの自死遺族の分かち合い会の主宰者が同じように感じています。
たくさんの人がホームページやブログで訴えています。
深く悲嘆の感情は、裏返していえば、 深く(亡くなった人が)それほどに大切な人だったからです。
愛する人を喪って嘆き悲しむのはは当然ではないでしょうか? 自然ではないでしょうか?
お医者さまに伺いたいのですが、・・・
これらの人々の『悲しみ苦しみ」の感情は 精神科医療で 治せる(なくせる/消せる)ものですか?
この方たちの悲しむ、苦しむという感情を、薬などの力で変えられるでしょうか?
ただ、悲しみのために生活に支障をきたすような「症状」の軽減はできるのでしょう。
医療では「症状」を緩和することは可能ですよね。
でも、私の体験からも、遺族の方たちのほとんどの人の言葉からも、確かなことですが、愛する人と 地上ではもう会えない、というその状況が続く限り、根本的に、 死別の悲嘆はなくならないものだと思います。
生きていようと死んでいようと愛する家族なのです。 愛する人への愛と悲しみは減りません。 その悲しみと愛はスピリチュアルなものだからです
悲しみを持ちこたえられるようになることはあります。
心の中に抱えられるほど、こちらのこころが大きくなるしかないのです。それには時間もエネルギーも要ります。
医療者のみなさま、どうぞ、死別悲嘆のひとには、ある程度の「悲嘆の劇症期」の「症状」だけを 軽減してさしあげてくださいませ。
人間性を壊すまで お薬を与え続けないでください。 安易な医療化が更なる悲劇を生み出しているケースを(うんざりするほど)見聞きしてきました。
家庭が崩壊した人も(私の知る限りでも)二ケタの数字です。
以下は精神科医療で、普通の暮らしができなくなった例です。
お子さんを亡くされたお母さんです。
お子さんを亡くされても、仕事をキャリアウーマンとして働いていました。
ちょっと睡眠不足が続き、保健室の先生のすすめで、精神科医を訪ね、おかしくなっていきました。抗鬱剤、眠剤、果ては精神分裂病、躁うつ病の薬まで処方されて、廃人同様に、仕事もできず家事もできず、家の中で寝たり起きたりするしかなくなりました。
仕事も辞め、薬を飲んで引きこもっています。 一日 17錠ものお薬をのんでいます。
お薬を飲み始める前は、「仕事があってよかった。 仕事中はあの子のことを棚上げにしていられるから。」とおっしゃっていましたのに。
また、失恋した(自死遺族の)人が 愛する旦那様の自死に引き続き、 相手の男性の不誠実な別れ話でとても衝撃を受けました。 彼女は自殺未遂を起こし、家族の手で精神病院に運ばれました。入院中に、電気ショック治療をうけたそうです。 すっかりお薬漬けになってしまいました。今や、その方は、もう記憶も定かではなくなり、髪の毛も薄くなり、表情もうつろです。 減薬を試みていたころのさわやかで はつらつした空気は消え去り、 どよ~んとした様子で暮らしています。
一時は、死別の悲嘆を抱えながらも、受付事務の仕事もして、家族を支え、しっかり社会生活を営んでいたのです。
信じがたいことでしょうが、実例なのです。