方丈記

ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず
淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし
( 流れゆく川の流れは、絶えることなく流れ続けている。
今、流れているその水は以前に流れていたものではない。
流れの静かな所に浮かんでいる水のあわは、一方で消えたかと思うと
他方で新しくできて、長い間そのままの状態であるようなことはない )
あまりに有名な冒頭。
死があれば、生もある。
ひとりひとりの人生には始まりと終わりがあるようでも、実はこれまで連綿と続いてきた過去、これから続いていく未来へと人から人、モノからモノ、万物には切れることなのない流れがある。
800年も前からこんな達観した境地を見事な文体で著していたのにはただただ感動するばかりです。
そして最大のテーマである。
”無常”とは何ぞや。
長明自身、自問自答し、それまでに起こった天変地異や身の上のこと、凄絶極まる京の街、60歳にして導き出した境地。
骨身を削るようなおもいで搾り出した”語らず”とした境地から、自然に出た「南無阿弥陀仏」の念仏。
最後の数段は、すごいパワーで迫ってきます。
実は、最近、古典をちょくちょく読んでいます。といっても現代語訳されたものですが。
現代の著作物も当然、素晴らしい作品がたくさんありますが、古典もやっぱりスゴイです。
学生の頃、ろくに読まなかった(というか古典、漢文はかなり苦手)せい(おかげ)で、いまさら読んでみると凄さ倍増です。
これから『徒然草』に挑戦しようと思ってます。