古都奈良にて① - 平城宮跡 - | ライジング

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脈略のない乱文・乱筆の嵐.....そう雷神goo

新大宮駅近くのコインパーキングに車を駐車(1日1000円)し、駅でレンタサイクル(1日300円)を利用。

朝陽を背に国道369号線を西へと向かって5分ほどで平城宮跡に到着しました。

まず目に飛び込んだきたのは朱色の荘厳な朱雀門。中国の様式を多分に吸収した門の造りは華やかで大きさからも圧倒的な威圧感を持って迫ってきます。

朝早かったのですが、たくさんのお年寄りの方が体操をされてました。なんか中国を思わせる景色がとても印象に残りました。

 朱雀門                     世界遺産 
朱雀門  世界遺産


朱雀門から北東へ向かうと線路のすぐ側に迷路のような壁で間仕切りをしてるところがあったので、何かなと案内板を見ると、兵部省という兵士、兵器、軍事施設、武官の人事を行った官庁の跡でした。

そしてすぐに踏切にぶつかりました。ひっきりなしに電車が往来してて、踏切の遮断機もかなり忙しそうでした。実は、このとき気づいたんですが、近鉄奈良線が平城宮跡を東西に斜めに分断するように走ってたんですね。


 兵部省跡                   近鉄奈良線の向こうに朱雀門
兵部省  近鉄線

踏切を抜けて南北を走っている道路の東側に渡ると、黄金色に輝く広野が眼前に広がってきました。北のほうへ向かって歩いていく途上で、広野の端のほうに石の杭が等間隔に刺さっていることに気づきました。どうもこの宮殿の区画を現しているようです。

北へ進むと2段になった基壇がそびえたっていました。ここが”大極殿”です。壇を上ると整然と柱跡が並び、1300年前にはここに宮殿が建ちいろんな儀式が行われたんだなぁと古(いにしえ)の姿を想像してなんだか感動がじわじわと込み上げてきました。


 平城宮跡                   大極殿(2次)から西へ

大極殿  柱1  


平城京は710年遷都後、740年に恭仁京(京都)へ移動、745年に再び平城京へ遷都したそうで、最初の遷都では現在の朱雀門の真北にあった大極殿(1次)が、2度目の遷都時には東側に移動したようです。現在の平城宮跡の南北に走る道路を挟んで西側が1次、東側が2次ということみたいです。

何かと話題になった"平城遷都1300年事業"ですが、北西のほう(朱雀門の真北)を見ると2010年に向けての大極殿復原工事棟が見えていました。

時間の関係で平城宮資料館や遺構展示館には行きませんでした。多分、来年か、再来年にはきっと帰ってくると思うのでそのときゆっくり堪能しようと思ってます。


 大極殿(2次)から南              第1次大極殿復原工事  

大極殿から  工事


今回、この平城宮跡は絶対行きたい所の1つで、最初に行くことが出来てとても満足で感動的でした。