実は、別の記事をアップしようと思ったのですが、あえて超個人的な記事を載せます。これを読んで自分のことを冷徹で非情な奴と軽蔑されるかもわかりません。アメンバー限定にしようかとも思ったんですが、ここで書くことによって自分への戒めとしたいと思います。この記事を読んでどんなふうに思われるか、どんなふうに感じてもらえるかはまったく未知数です。
ほんと、まったく超個人的で陰気な内容ですので、興味のない方はスルーしてくださいね。ダラダラと書いてるだけですので・・・
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
自分宛に1通の手紙が来ていました。宛名の苗字には見覚えがあったのですが、下の名前が女性で一瞬誰だか分かりませんでした。なんだろう?誰だったっけと思いながら、裏の文面を見るなり血の気が引き、頭の中が真っ白になりました。それは、毎年、年賀状をやりとりしている高校時代の同級生の死を知らせる手紙でした。宛名はその奥さんからで、年賀状のお返しにくれたとても悲しい手紙でした。
普通はここで、絶句し彼との思い出を巡らせ泣けてきそうなものです。ですが、涙がでません。泣きません。泣けません。なぜでしょう。紙1枚の出来事だから事の重大さが分かっていないのか、もしくは、彼がこの世にいない証拠がない、見ていないということで、どこか信じていない自分を客観的に見ているのでしょうか。既にこんなことを考えてること自体おかしいのですが、母親にこの事を教えると涙ぐんでました。何度か家に遊びに来たこともある彼は、母と顔を合わせ会話もしているので、当然の反応なんでしょうか。でも、年取ってて”何かと涙もろいから”なんて勝手な理由付けをしている自分がいたりします。なんでこんな冷静にいられて感情が表に溢れ出ないんだろう。
実は、彼とは高校時代、無二の親友みたいな間柄でした。中学も同じだったのですが、中学時代は、クラスも違って一度も交わることはありませんでした。高校に入って1年が同じクラスになり、同じ中学というところから仲良くなり何でも話し合える仲になっていきました。その彼は、中学時代から何かと目立つ存在で、生徒会の役員やクラス委員をして成績も良く社交的でリーダーシップもあり、それでいてガリベンで真面目一辺倒というよりは不良グループとでも上手くコミュニケーションが取れるような万能な生徒でした。そんな彼と休みの日もお互いの家を行き来するような間柄になり、親交を深めていったのです。そんな彼も恋に限っては、いろいろ紆余曲折があり、時には告白されたり、時には告白したり、彼女がいる時期、いない時期もあったりで上手くいかないときも多く、よく悩み相談を受けてました。といっても、自分はその頃、女子としゃべるのも苦手な片思いばっかりのシャイな学生だったので、大抵は聞き役って感じでした。音楽も洋邦問わずに情報交換したり、誕生日にはプレゼント交換したりと、彼との高校時代の思い出はかけがえのないものです。
その後、進路も全然違ったところから、高校卒業と同時に会うことも少なくなり、数年の間は、何回か会うこともあったのですが、お互いのテリトリーで仲間ができていくといつしか疎遠になっていきました。結局、最期に会ったのが、10年以上前の、彼の結婚式でした。その結婚式も彼と久しぶりに会うことになり、当然、嫁さんとも初対面でした。そして夫婦ともに遠い街へ引っ越してしまいいよいよ年賀状のやりとりのみという寂しい間柄になってしまったのです。仕方ないといえば仕方ないですが、会おうと思えばいつでも会えました。電話をしようと思えばいつでも電話できました。それさえしなかった。亡くしてはじめて分かることがある。亡くさないと分からないのは愚の骨頂です。
去年引越しの準備で整理をしてる際に、高校時代に彼と交わした手紙や彼が書き込んだ手帳なんかを見ることになって「あぁ 懐かしいなぁ」なんて回想にふけったところでした。手紙には「いつまでも○○くんと親友でいたい」みたいな文面があって、彼とあんな熱い時代もあったんだなぁ、一度くらい遊びに行かないとなぁなんてそのときは軽い気持ちで整理の手を進めたのでした。それって、ひょっとして、何か、彼から訴えてきたのかもしれません。何かのサインだったのかもしれません。違うのかもしれません。でも、自分にはまったくそう感じなかった。そう感じようとする心もなかった。
彼のことを思いだしながら、こんなに書き連ねているにも関わらず、やっぱり、涙が出ない。たんたんと書いてます。怖いくらい冷静に。時に誤字に気づき、時に文書の前後は変じゃないかと確認さえしています。いつからこんなロボットのような人間になったのだろう。人には聖人ぶって言葉を並べて、これじゃまるで偽装・偽善・堕天使だ。いつからこんなに腐ってしまったのか、非情になってしまったのか......
映画やドラマを見て泣くのに。音楽を聴いても泣くのに。ドリカムの吉田美和さんの夫が亡くなったときも、ICEのギタリスト宮内和之さんが亡くなったときも泣けたのに。なんでなんだろ。あんなに濃い高校3年間を過ごしてきた友の死を知らされたのに涙の1滴が出ません。
しかも違う自分が耳元で「こういう場合は涙出さなアカンやろ」って言ってます。
いつ 何があって どうやって亡くなったのか そんなことを詳細に聞かないとダメなんだろうか。ネットやメディアが発信しているように事細かく時には大げさに何もかも知らないと納得できないんだろうか。その人の死だけで十分ではないか。その奥さんが悲痛にも亡夫の喪中を告げているのに、何も感じないのか。こうやってあっけなくツラツラとBLOGに書いている。自分は何なんだろう。時間ってそんなに人を無情にしてしまうのか。いやっ、そうやって時間のせいにしている自分がもっとも無情だっ。生きているからこその感謝をまったく忘れてしまったのか。彼がどんな思いで家族や友や親や兄弟から旅立っていったかわかってるだろうか。
結局、こんな形で彼の死を知るなんてこと自体が最低最悪。彼が去年いつ、どういうふうに亡くなったのかも知らずにのうのうと年賀状を書いてるなんて、自分のアホさ加減にヘドが出ます。年末に年賀状を書く数分間だけ、ほぼ事務的に彼を思い出す。そんな自分が憎い。
だんだんと自虐的になってきましたが、もうそれもなんだかよくわからなくなってます。
どうしたら涙がでるんだろ。
今はただただ彼に哀悼するしかない。そして、引っ越してしまって遠く離れてしまったけど、とにかく、時間を見つけて花を手向けに行こう。
祭壇の前で遺影を見て位牌を見て彼と生きてきた家族を見ればまた全然違った感情や思いが生まれると信じます。でも、彼は会ってくれるんだろうか。彼の家族は受け入れてくれるんだろうか。すごく不安です。
ひょっとすると、彼は自分のことをもうとっくに赤の他人としていたかもしれません。非情な奴だって。
そんなことを思うととんでもなく気持ちが揺らぎます。
だけど、やっぱり、一言謝りたい。お礼を言いたい。
友情を誓ったのに、結果的に裏切るようなことになったこと、
そして、出会えたこと、一緒に過ごした日々の感謝 を
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
日本語ってとてつもなく奥が深くて難しい。どこの国でもそうなんでしょうね。乏しい日本語力の中からことばを紡いで作った文面が、伝える意思と読み手の意思を100%完全ヒットさせることのほうが難しい。そんなことを考えながら書きましたが、今後もできる限り等身大の自分の姿を見せられたらと思います。
タイトル悩みました。無しでいきたいぐらいでした。でも、素直に子供っぽくつけてみました。微妙ではありますが、これぐらいで勘弁してください。もし、ここまで読んでくれた方がいたらほんとこんな駄文に付き合わせてすみません。貴重な時間を頂けたことにただただ感謝です。ありがとうございました。