沙羅@皇帝

沙羅@皇帝

ほぼ思いつきのSS &徒然です。

何でも思ったことを…

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それは前日から始まっていた。
俳優で歌手のUから電話が入ったのだ。
お互い時間がなかったので、要件だけ伝え電話を切った。
どうも作詞、作曲もしている彼がスランプらしいのだ。以前にもあったが、グループの仲間がいるから立ち直ったと聞いていた。
しかし、今回はソロの方らしく、仲間にも相談できないらしい。私からすれば、『すればいいのに…』なんだが、彼には彼のルールがあるらしい。
まぁ、行ったら話を聞けばいい。

そして当日。
昼間は肉体労働があったため、それが終わってからになる。
肉体労働の店を出る前に電話にも出られるイヤホンを付け、待ち合わせ場所へ歩く。
数日前に発覚した事だが、股関節が疲労骨折しているらしく走れない。
待ち合わせ場所へ着くと、スタンバイOKの車が待っていた。後ろはスモークが貼られたリムジンに乗り込む。
途端に服を脱がされ、髪も解かれる。
体を拭いてもらいながら、髪も簡易シャンプーをする。出された服に着替えながら、ヘアメイクをされていく。
元の自分から瑠璃へと変わっていく。
ほとんど毎日の事だが、この瞬間がいい。自分の中でスイッチが切り替わる。

「はい、一丁上がり!」
巧弥が汗だくになっていた。そして《瑠璃》が創られる。
完成してすぐに会場に着いて、運転手の明と一緒に先に降りる。
巧弥はすぐ後から来るだろう。自分のヘアメイクは数分で終わる。手馴れたものだ。

「どうせ、出来上がってるんでしょ?」
そう瑠璃が笑うと、明も笑った。
時間関係なく、朝から呑んでいる連中である。仕事のある奴も出たり入ったりしている。
「いつもの事だろう?」
そう言って店のドアを開けた。

一瞬の静寂の後、痛くなる程のざわめき。別に瑠璃に気が付いた訳ではない。ただ、自分達の話に盛り上がってるだけなのである。
「あ、姫だ!」
瑠璃に視線が集中する。この瞬間が一番嫌なのである。こんなにも注目を浴びるのは似合わない。好きではない。

「姫って言うな!」
そう言って怒ったふりをする。それだけでいい。出来上がっている集団にそれ以上言っても意味が無い。
周りを見渡して、真剣な顔をしているUを探し当てると目で合図する。
今日は個室も取ってある。
数人の酔っ払いを、相手にしたあと、Uに頷いた。
「明、頼んだ。」
それだけ言うと、黙って個室の方に歩いていく。その少し後にUが着いてくる。だいたいの人間がそれがどういうことか分かるが、酒に呑まれている連中は別である。
しつこく絡もうとするのを明が必死に止めている。Uが思い詰めた顔をしていたので明も分かったのだろう。

まずは瑠璃が個室に入り、日本酒とバーボンを注文する。つまみも少々。
Uが入ってきて酒とつまみが運ばれて来ると、個室を内側からロックした。邪魔をされたくは無いからだ。
「で?どうしたって?」
瑠璃の方から切り出した。
「……作詞も作曲も納得いかなくて…どうしたらいいか分からなくなって…今までどうやって作詞作曲してたのか分からなくなった…」
少し躊躇った後、意を決したように話し始める。が、彼らしくない。俯いたままである。
「彼女とは上手くいってるの?」
突然の質問に瑠璃を見詰めて一瞬呆気に取られるが、瑠璃が意味の無いことを聞くはずもないことも分かっていた。
「え?まぁ、一応は…」
「それが原因じゃない?」
ズバリと言い当てる。
「上手くいってるとダメなのかよ…」
少しムッとして言い返す。
『よし、乗ってきた。』瑠璃は心の中でガッツポーズをする。
「逆だよ。上手くいってたらそんな言い方しないだろう?」
笑って両膝の上に両肘を乗せる。そして、その上に顎を乗せる。
「お見通しって事?」
「だって、Uは恋愛だったり恋とか失恋とか、そのまま歌詞とかに出せるじゃん?それなのに上手くいかないって言うのは恋愛が上手くいってない証拠。違う?」
笑顔でUを見つめると、Uは笑いだした。
「そうかもしれない。不安な気持ちも歌にしてきたはずなのに、それすら見失ってた。」
自分が認めたくなかった部分を指摘されて、嬉しいの半分、悔しいのが半分、と言った所だろう。
「何で瑠璃さんには分かっちゃうんだろうな…」
手を組んで頭の後ろに回すと、天井を見上げるように上を向いた。
「私がUのファンだからじゃない?」
ニヤリとしてみる。
「俺だけじゃないくせに…」
Uも笑っている。これで大丈夫だ。
「実は私は超能力者なんだよ。」
笑いを誘うつもりだった。
「…信じちゃう俺が怖いわ!一瞬、本気かと思っちゃっただろう?」
真剣な顔をした後に笑い出す。
瑠璃はそれを見て安心して、次のステップに行こうとしていた。
「それで?私の手助けは必要?」
自分の言いたいこと…言い辛い事をすんなり言ってくれる彼女が頼もしくてたまらない。
「今月中に12曲、間に合うと思ってる?」
「何、自慢してんだよ!」
瑠璃は元気の出てきたUに笑顔になって、また、次のステップにいく。
「手伝ってくれるよね?」
自分の中では可愛く言ったつもりであった。しかし、瑠璃には通用しない。
「何のために私や樹がスタンバってると思ってるの?そのつもりだよ。」
ニヤリとして手を差し出した。
「え? 」
驚いているUに手を差し出したまま、その手をヒラヒラさせる。
「叩き台くらいあるんだろう?」
敵わないな…そう思って自分が持ってきた楽譜を差し出した。

無言の時間…Uには重圧感じる時間でもある。いつもなら楽譜を見ると歌ってみたり、鼻歌まじりだったりするのに無言は怖い。
「まぁ、思ってるよりも悪くないんじゃない?」
楽譜を机の上でトントンとまとめると、青いペンを出した。
瑠璃は赤ではなく、青いペンを使う。
これも彼女の優しさである。
赤ペン=ダメと取られるため、わざと青いペンを使ってくれる。
こういうやり方もあるよ?という問いかけである。
しかし
腹が立つのは直してもらった方が出来がいいのだ。まぁ、だから頼ってしまうのだが…複雑である。
どちらにも共感して欲しい曲の時は尚更頼ってしまう。
また、頼らせてくれるから甘えてしまうのだろう。
「歌ってみ?」
音符まで直された方の楽譜を一枚渡された。歌詞も所々直されてる。
「分かった。」
譜面を目で追ってから、息を吸う。
「•*¨*•.¸¸♬︎」
歌ってみる。歌いやすい…
先程までの歌い辛さがない。
歌い終わって一言…
「なんで?歌いやすい…」
それに瑠璃はニヤリとして楽譜に丸をした。
「こことここ、Uの音程はここからここまで。だから、ここを変えれば歌いやすくなるのは当然だろう?」
心の中で《なるほど!》と、思う。
「俺の音域まで把握済みかよ…敵わないな…マジで…」
頭をくしゃくしゃっとしてみる。
「これで直し方も分かっただろう?後はプロに任せよう。Uも考えるんだよ?」
そう言って立ち上がった。
「どこに?」
「戻るよ!もう、大丈夫だろう?詳しくは明日、樹のスタジオでいいでしょ?」
《そういう事か。》
思ってから自分も立ち上がる。
「今日は楽しみに来たんだから、一緒に楽しまなくちゃ! 」
そう言ってUが楽譜を仕舞うのを確認してから鍵を開ける。
こういう気遣いもありがたい。
「ラジャー!行きますか!姫!」
わざと 姫 の所を強調する。
「だから、姫は止めろって!」
そう言いつつ笑ってくれる。彼女の懐は誰よりも深い。
それを知っているからこうして色んな分野の人が集まって来るのだろう。

ドアを開けてそこここに出来ている集団の中に入っていく彼女の後ろ姿を眺めていた。
「スッキリした顔してるな。」
明が声をかける。
「お陰で様で。流石ですね。」
「お前のこと、ずっと気にしてたからな。」
「え?」
明を見つめてしまう。
「俺を見るな。」
言われて慌てて前を向く。明と話していると、何かあったのかと疑われるからである。彼も気を使ってくれている。
「Kから相談されたんだよ。」
Kとは同じグループのメンバーである。
「Kが?俺のことを?」
「あぁ、U自身の曲だから自分達に心配かけまいとしてるけど、見てる方がハラハラするほど張り詰めてる。ってな。それでいい機会だからここで決着付けよう、と言ってたよ。」
一瞬、声が出なかった。
ここの所あっていないメンバーにも心配かけていたなんて…反省しなきゃな。と思っていると、明は笑った。
「メンバーに心配かけないようになんて考えるなよ?仲間なんだから心配かけて、心配して当たり前だろう?それで壊れるような仲でもないだろう?」
確かにそうだ。自分も心配はしたりする。それを迷惑だとか考えたこともない。そうか…それでいいのか…
「そうですね。ありがとうございます。目が覚めました。」
「瑠璃の受け売りだがな!」
そう言って笑って瑠璃のほうに歩き出した。
どうやらお酒を勧められて断れないでいるらしい。そう、今の瑠璃さんはお酒は御法度である。
呑んでる連中はそれすらも忘れるのか?などと考えながら、明と瑠璃を見つめていた。
《あぁ、あの二人の関係性も面白いな。今度書いてみようかな?》
などと考えながら自分も輪の中に入っていった。