めずらしく彼女から掛かってきた電話は、日曜の夜で。

ちょうど、我が家で鍋パーティの最中。


でも、ちょうど終わってみんなが「そろそろ帰ろうか」という雰囲気の時間だったから、「30分後くらいに、折り返すよ」と言って、一旦電話を切る。


そしてそのあと、ちょっと昔に戻ったみたいに、少し喧嘩をして、あまり話したくない話を、話す。「話す」というよりは、「聴く」かな。

近頃少し忘れかけていたピリッとするような緊張感と、アタマをフル回転させながら言葉の奥の表情を読み取ろうとしつつ喋るあの感じを、自分自身、久々に思い出す。


結局、あの頃避けてきたところを、やっぱりいま再び通らなきゃいけないということなんだろうし、そして、話しながらも「あぁ、ここは危ない」と直感的に理解するようになった自分の成長を少し感じつつも、もう一度、深い深い闇の中へ敢えて入っていく。


ふたりの物語は、既にふたりだけで完結する世界を超えて、いろいろなところに波及している。

・・・何年か経って、いま、そのことを、聞くことになろうとは。


それを裏切りと感じるとすれば、それは僕自身の小ささだし、そして、彼女は彼女で、僕のために闘っていたことも、知っておかなければならないことだったのは、確かで。


例えばそんな彼女とのいきさつを、ママが全く知らないと思っていたのは僕の浅はかさでもあり、そして、それを知りつつも、変わらず接してくれていたあの人の凄さを、再び思い知ることになる。

あわせて、ユリアとのことも、ちゃんと見抜いていたのが、ママであり伊織の、普通じゃない世界の人達の、特有の嗅覚・・・・ってヤツだろう。


種類としては同種だからこそ、僕もそんな人達のストーリーの中に違和感なく入り込み、そしてある意味話題を提供できてしまったりするわけなんだろうけれど、でも、まだまだ、トコトンまでは肝が据わってないってことなんだろうなぁ・・・。


それが、「緊張感」の正体。


「守ってあげる」ってことじゃなく、「守ってもらう」ことに違和感なく委ねることが出来る人・・・・・彼女の言う、「僕にとって必要な人」はそういう人らしい。


それもまた、なんだかんだで良く人を見ている、彼女の彼女たる所以。


そういうところは、本当にナメていちゃいけないって思っているし、その「緊張感」が、これまで僕を引き上げてきた・・・・ということも、いま再び理解できたことだったり。


いずれにせよ、伊織の「東京は人が住むトコロじゃない」、「仕事するなら仕方がないというのもわかるけど」、「いつか京都に戻ってきたら、一緒にいよう」という3点セットは、昔のまま。

そして、やっぱり今の僕にとって、それは「ありえない選択肢」なわけで。


「春には全てが終わる」と彼女はいう。

そのあとには、どんな世界が、待ってるんだろうね。