不思議だね。
苦しんで苦しんで苦しみ抜いた人の詞(ことば)が、人を癒す。
誰かを助けようなんて、思ってもいないし、そんなことを意図したって、誰かの助けになんかならない。
だけど、その必死に生きる姿が、どこかで誰かの助けになっているということは、たぶん、あり得る。
・・・例えば僕の。

痛みを見せあい、傷を舐めあうのとは、違うよ。

でも、そうやって自分が誰かの助けになっていることがわかったとしても、たぶんその人自身の癒しにはならないのだろう。
深い苦しみを、癒えない傷を負った彼女への救いは、いつかどこかから、誰かから、差しのべられるのだろうか。

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