「一日の終わり」と「一日の始まり」が交差する時間帯
そんな時間帯が、昔からなんだか好きだったような気がする。
最近は、そのまま翌日に雪崩れ込んで、終わらないままに次の日を始めざるを得なかったりもするけれど。

明け方、一日の活動を始めようとする人々の流れと逆行するように、一日を終わらせる。カーテンを閉めて、太陽を遮り、眠りにつく。
それは何故か、学生の頃には特別に許された特権的な時間のようで、その気怠さの中にも不思議な充足感を感じていたような・・・。

・・・「これからお休みの方も、そしてお目覚めの方も、時刻は4時になりました。」

そういえば『めざにゅ~ 』で杉崎美香 が言っているこのコトバは、まさに、そんな時間帯のまどろみに随分としっくりとくるコトバなのかもしれない。(当時は、まだ無かった番組なんだろうけれど。)

久々に、次の日をオフにして、徹底的に、飲んでしまおう。
交差点を、逆流して、もう一度あの頃を思い出す。あちら側とこちら側との境界を、もう一度見極めるんだ。
そして、「僕自身がどちらを選んだのか」を、再確認しよう。

「選ぶということは、捨てるということなのだ」。「ある一本の道を選択するということは、他の全ての、あらゆる選択肢を、捨てるということなのだ」と。
そのことを、もう一度、思い出せ。

堕ちるときは、トコトン。どこまでも堕ちれば、後は這い上がるだけだ。
たまには、そういう壊れ方をしたほうが、ある意味、健康的なのかも、しれないよ。(・・・自己弁護???)