東日本大地震
あれから10年
わたしは
埼玉に住んでた
無認可の介護施設へ
転職初日の勤務中
風が強い日だった
窓がガタガタ言うから
『今日は風が強いねぇ💦』て
利用者さんと話してたら
揺れだして
利用者さんを食堂に
集めるように指示が出た
そこで目にしたのが
津波に飲み込まれてゆく街の映像
映画みたいな出来事に
みんながテレビの前で呆然としてた
埼玉から遠く離れた街の出来事
だけど同じ日本での出来事
転職初日に
まさか利用者さんを乗せた車椅子
担いで階段登り降りするなんて
想像してなかったよね
仕事を終えて帰宅
部屋の被害は
小さなガラス製品が落ちて
割れてたくらい
数日後には
街から商品が消え
日用品や食料品
電池なんかも買うことが
難しくなってた
電車も
しばらくは運転見合わせたり
してたっけ
そんな生活
どれくらい続いたんだろ
もう覚えてないけど
気づいたら日常は戻ってた
だけど
TVのニュースは地震に津波
亡くなった人の人数なんかが
毎日の様に流れていて
あの頃のわたし
まだ健康体だったけど
毎日が憂鬱だったんだよね
被災した人達が
力強く生きてる姿
生きたかった人達が
生きられず
無意味に生きてる自分を
責める日々が続いた
ただ
それを誰かに言っても
理解してもらえるわけもないから
人前では笑って過ごしてた
あれから10年
毎年この時期になると
いつも以上に考えてしまう
【生かされてる意味】
未だ行方不明者は
2500人以上も
わたしには
何も出来ないけど
ひとりでも多くの人が
家族の元に帰れますように
亡くなった方々のご冥福をお祈りし
被災された方々にお見舞い申し上げます。