Moonlight Book ~ことばと写真・心象風景~ -38ページ目

Moonlight Book ~ことばと写真・心象風景~

心に沈んでいる佇む思いを、月の光はそっと照らして掬ってくれる。本当の自分を照らす光。ことばと写真で綴る記録。
個人サイト「Mellow-jam PHOTO」もよろしくお願いします。https://mellojamphoto.wixsite.com/mellow-jam

書こうか、書くまいか。悩んだ結果、書くことにした。

Moonlight Bookは、ファンタジー写真ブログでない。こころの底にある「明るみに出したくないもの」を月明りが照らしていく。そんなコンセプトで書こうと思っていたから。

 

最初の方から読んでくれた読者の方は、わたしのお金の使い方を「???」と思う人もいるかもしれない。セカンドルーム借りたり、カメラ買ったり、旅計画をしたり、自由人だ。

パート主婦。子供を巻き込んだモラハラ気質の夫の激しい暴言と威嚇行動に怯え・・

2年前は家に帰るのが怖くて、泣きながら公園や図書館を徘徊していた。

「お金で安心と安全を買う方法もありますよ。」相談に行った女性弁護士の言葉になるほどと思い・・そんな時にとっておきの素敵なセカンドルームの物件を見つけ、週末をすごすためだけに部屋を借りた。初期費用、毎月の家賃、光熱費。当たり前だが、かなりの金額を使っている。

 

 

 

たしかに、お金は減った。

でも「わたしは扶養内パートが精いっぱい。フルタイムで働けるはずがない」という奇妙な信念を、あっという間に乗り越えてしまった。結果、収入が増えた。

家賃を払っても、まだおつりがある。

そして「わたしは働くのが大好き」なことに気づいた。

「あなたは苦労したことがないんだから、働けっこない」「お前はそんなに働かなくてもいいんじゃないか」こういう言葉をかけてきた身内は、わたしが家の外に出たら”不便”だ、そう思うだけの人だった。

 

最初の1年は、ただ自分を「癒す」ための空間であった。

ひとりでゆっくり食事をしたい。わたしの最大の願いだったようだ。この頃のスマホの写真は「飯テロ」ばかり。小さなキッチンで、簡単な自分だけの食事を用意するのは格別の喜び。

静かな清潔な空間で、自分を満たす。トースト、うどん、ラーメン、パスタ。なんでもおいしかった。窓を開け放ち、広い空を眺めた。風の音、鳥の鳴き声、電車や飛行機の音が聴こえた…

まず、本を読んだ。リルケ、ヘッセ、トルストイ、トーマス・マン、ミヒャエル・エンデ、アンデルセンやグリム童話、花や樹木に関する神話、美しい写真集。乾いた乾いた大地に、少しずつ優しい雨が降る。少しずつ潤う。

わたしはノートに様々な言葉を書きなぐった。書き記した。その一部をブログに記載している。

それは「心の森」と表現され、幼い子供の頃の姿のわたしが佇んだり、本当の自分の気持ちを知るのが怖いわたしがいたり、その深い森を、月が照らした。

書くのはよかった。わたしは何が好きなのか、何を心地よく思うのか、何が嫌いなのか。

徹底的に生活感のない何もない部屋で、心を解き放った。

 

この部屋では「わたしがいちばん」でよかった。そう、わたしがやりたいこと、いちばん先にやっても、誰も怒らない部屋。そして休息することができた。

そして、わたしは「何の役割も持たない」、わたしの真ん中のコア的な大切な大切なもの。

肉体を離れた、もっと真ん中の清らかなもの。うまれたばかりの赤子が持つ生命の輝き。

唯一の、ユニークな「わたし」のたましいを見つけた。

2年目、心が癒えたわたしは「そとへ」向かうことが出来た。一番最初は昨年「秋バラ」を見にバラ園に行き、その後は行ってみたかった綺麗な教会や西洋建築物を見たり、美術展を見に行き始めた。音楽会へも行った。美しいもの、心を震わせるものに会いに行くようになった。

 

ブログは今年の年明けから「言語化する」を目標にはじめ、そのためにノートPCを買った。

言葉を明確にするほど、わたしは自分と対話することが増えた。

その最たるものが「Mello」さんを通した対話だ。Melloさんを思い出したとき、本当にわたしの願いは「撮りたい」なのだと気が付き、涙があふれた。

そして「普通に生きる」を止めようと思ったとき、何かがふっきれた気がする。

そう、わたしには「普通に生きる」なんて無理なのだ。

 

 

何を撮るのか、写真には「幸せ」しか映らない。

 

いまは歪な家族だけど、過去の写真には「幸せな家族」が写っている。

フィルムはわたしを浄化する、綺麗にする、うわずみを掬いだす。幸せにする。

撮っていれば、わたしは、ずっと幸せなのだ。

そして、お金をかけて新しいカメラを買った。旅に行く。

もちろん、自分が働いた分のお金でね。

 

わたしは貯金も投資も興味がない。かなりお金には無頓着だ。不安もない。

だから部屋を借りたり、カメラを買ったり、旅に出かけたりできる。

いくら沢山お金があっても、パソコンの中のエクセルに資産の桁が増えても、自分の本当の願いや、自分が何をしたら幸せになるのか、「自分がない人」は、幸せになれない。

母も夫も、わたしの何倍もお金を持っているけれど、幸せそうに見えない。不安だから貯めるのだ。不安の穴は、お金では埋まらないんだけどね。

 

お金に出来ないこと。「幸せの種まき」だ。種は、そのままでは何の役にもたたない。

種が育つために必要なもの。それってお金で買えないんだと思う。

どうやったら種は育つのか…花が咲くのか…どんな花が咲くのか…

その花を見るために、わたしは、試行錯誤し、まだ見ぬ花を育てながら生きている。