文章は2001年~2004年に、わたしが、あるサイトのコーナーで書いていた「海の話」です。
なんで海まで往復280㎞も走ったのかって、わたしの原点を確かめたかったから。
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朝、海に行こうと思って、車を走らせる時間。
見慣れた坂をアクセルを踏み込んで、グッと空に近づくように上る瞬間から 「海が始まる」ような気がする。 そう、家をでて、車に乗ったところから、私の海は始まってる。
私は海が好き。そして海の色々な表情が好き。
だから波がある、ないに限らず、毎週見る同じ海が、全く違う色をしていたり、違う輝きをしていたりすることに感動を覚えるし空と海の境の水平線がミルク色に溶けあっているのを見て「あぁ、なんか空と海ってずっと地球の端まで行ったらくっついているんだろうか。」とか変わった発想をしたりして、いつも楽しい。
海の周りの景色や、民家や、そこに住む地域の人たちの表情を見るのも好きだ。
手押し車を押して、手ぬぐいで頭をグルッと巻いたおばあちゃんが、海沿いの歩道のない道路を一生懸命お買い物に出かけてる姿も好きだし、それから軽自動車で(しかも、軽トラックが多い。)なんだかヨボヨボのおじいちゃんが、時速20キロという限りなくイライラするゆっくりしたスピードで運転しているのも、海辺の田舎らしくて好き。
夏になると道沿いにはたくさんの黄色とオレンジのマリーゴールドの花が咲き乱れて、春が近づくと菜の花が咲いて、そして海の方から、潮の香りが漂ってくる。

海まで運転する時間って、みんなどんなことを考えているのかな。
私は、いつも同じ海にほとんど行くので、どこの波がいいかとかは気にしないけど その、いつも行く海が今日はどんな顔をしているのかなと、色々思い出す。 そこの海の思い出ハイライト!みたいな思い出が順々にスライドみたいに 頭をよぎったりして。
好きな男の子と海で過ごした夜、ある天気の良い本当にキラキラした1日、腰胸サイズの鏡のようなクリーンな波をフェンス越しに見たあの時間、砂の上に座り込んで 一杯お喋りをした夏。
そして、今日はどんな顔をしてるのかな、どんな海の空気なんだろう。
そんなワクワクで、心が日常から徐々に開放されていく。

カーブの数まで覚えてしまったような道を走るけど、途中、民家の草花に季節を 感じたり、青々とした田んぼが本当に気持ちよかったりして。
これも・・海に続く道を季節を通して走っているから感じられるんだろうなぁなん て思って、海に通うキッカケになった波乗りに感謝したりする。
海に行く時に見かけるサーファーの車が溶け込む道路の景色も好きだし、 海上がりの帰りの道の青空と白い雲、田んぼの緑の組み合わせは本当に絶品。 雲の動きを見たり、窓から手を出して、今日の風はこっちかな?なんて思ったり。

私の海へ行く道には、本当に沢山の楽しみがある。 きっと、いつも通うからこそ、見える海の景色があるんじゃないかな・・。 そして、海に続く道、きっとそれは、海に通う人にしか見えない景色なのかもしれな いよ。 みんなも、海に続く道、心にあるんじゃない?
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2日目は立ってられないくらいのオンショアの海風で、飛砂がすごくてカメラも車も砂まみれ。
天気は良かったけれど、撮影は断念しました。





