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私が見た映画たち

映画は好きだが、時間もお金もない私。

それでもめげずに見てきた映画たち。

ホメたりけなしたりと忙しい…

本ブログがキッカケでここに載った映画たちのいずれかに興味を持っていただければ、幸いに思います。

腕の立つエクソシスト、ジョン・コンスタンティン。実は、天国と地獄のエージェント。
彼は子どもの頃から人には見えないものが見えてしまい、そのことに苦しみ、一度、自殺を図った。
だが、死に切れず、地獄に行くのが厭さに、人間界に手を出してはならぬというルールを破った
ハーフブリード(人間のふりをして人間界にいる異界の者)を地獄に追い返す仕事をしている。
少女の悪魔祓いをきっかけに、近頃、何かがおかしいと感じているコンスタンティン。
そんな頃、ロス市警のアンジェラ刑事の双子の妹で精神病院に入院していたイザベラが謎の死を遂げた。
妹の死に納得できないアンジェラは独自に調査を始め、コンスタンティンに辿りつく。
イザベラの話を聞いたコンスタンティンは近頃の異変に関係あると思い、彼女と調査を始める。
やがて、天国と地獄、人間界の均衡を揺るがす事態が間近に迫っていることを知り、それにはアンジェラの
存在が不可欠なものであることを知る…


キリスト教の天国と地獄をテーマにした映画というのは欧米ではよく制作されるが、日本人の私には
イマイチわかりにくいところもある。
天国も地獄もどこか遠くにあるのではなく、路地の裏とか身近な場所に隣りあわせで存在していて
その境界は非常にあいまいなものだということ。
善と悪もそう。映画に出てきたハーフブリードには天使も悪魔もいる。
天使だからと言って善とは限らず、悪魔だからと言って悪とは限らない。
善と悪の境界線も非常にあいまいなもの。
「ルシファーの子、マモンが人間界に出でるためには、神の助けがいる」この言葉が象徴していると思った。
戦いの中で次々と仲間が犠牲になっていくにつれ、自己中の固まりだったコンスタンティンも次第に
変わっていく。遂に、アンジェラを救うために究極の手段、"自己犠牲"を選ぶ。
そのおかげでルシファーは20年待っていたのにコンスタンティンを連れて行くことができず
向こうに行かせるくらいならと…成程、そうするのですか…と半ば感心した。
コンスタンティンに対するルシファーの愛憎入り混じった複雑な感情は、何だか妙に人間臭く感じてしまった。

ワーナー・ホーム・ビデオ
コンスタンティン 特別版 (初回限定版)

潜入捜査官ヤンの殉職から10ヶ月。ヤン殺害の疑惑から一時、庶務課に異動させられていたが
調査の結果、疑惑が晴れ、ラウは内務調査課に戻った。
"善人"として生きる道を選んだラウは、自分の手で残りの内通者たちを始末していった。
が、私生活では妻マリーが生まれたばかりの赤ん坊を連れて自分の許から去ってしまい
離婚話が進んでいた。ふとしたことから、保安部のヨン警視が実は、マフィアへの内通者なのではと
疑惑を深めるラウ。ラウはヨンの身辺を調査するが、疑心暗鬼から次第に精神のバランスを崩していく…


今回のは正直言って、見ていて頭がこんがらがってきそうだった。
前作を見ないで、今回をいきなり見たら、完全にわけがわからないと思う。
いきなり過去へBackしたり、そうかと思えば、現在に戻ったり…
前作を見て思っていたとおり、ラウが善人になればなろうとするほど、骸は次々と転がっていった。
ヤンのテープによってラウの正体を知ったマリーが彼の許を去ったのは、苦しかったからだと思った。
苦しいのは彼をまだ愛しているから。だが、警官だと思っていた恋人が実はマフィアへの内通者だった
という事実はたやすく受け入れられることではない。かと言って、ラウを売ることはできない。
いっそ売ることができたらどれ程楽だっただろう。

だから、マリーは彼の許を去るしかなかったのだと思う。
そして、亡きウォン警視以外で唯一ヤンの秘密を知っていたリー医師。

彼女の中ではヤンはまだ色褪せていない。
今回、ヤンとリー医師が思っていたより親密な関係だったと知った。
リー医師に時々見せるチャーミングな笑顔。リー医師はヤンのそんな笑顔に惹かれたのではないかと思った。
ラウが精神のバランスを崩していったのは、ヨンの存在だけではなく、死んでも尚、ヤンの存在が重くのしかかっていたからではないか?
結局、ラウはヤンの影に押し潰されたのではないのだろうか?
そして、彼の地獄はまだ終わらないのだろうか?

ポニーキャニオン
インファナル・アフェア III 終極無間

歴史学者にして冒険家のベンは家代々、伝説の秘宝を探し求めていた。
はるか太古の昔より名だたる権力者と共に存在してきたが、独立戦争下のアメリカで行方がわからなく
なってしまった。唯一の手がかりはベンの先祖が聞いた「秘密はシャーロットとともに…」という言葉だけ。
資産家のイアンの資金協力の下、相棒のライリーと共に調査を進めてきたベンは重大きな手がかりが
独立宣言書の中に隠されていることを突き止める。が、金目当てのイアンと秘宝は人類全体の
宝だと主張するベンは対立し、ベンとライリーはイアンに殺されそうになる。九死に一生を得たベンとライリーはイアンが独立宣言書を盗むつもりだと悟り、ベンはイアンより先に宣言書を盗み出そうと決心するが…


一体、いつになったら見つかるんだ?
やっとの思いで独立宣言書を拝借し(盗み出し)、手がかりを見つけたと思ったら、それは次の手がかりへと
導く手がかり。何回もこれが繰り返される。これほどまでにして隠さなければならなかった秘宝って一体?何?と思った。
ニコラス・ケイジ扮するベンは決してマッチョなヒーローではない。むしろアクションもののヒーローと
してはひ弱な感じだろう。逃げる姿の情けなさよ…でもそこが人間臭くてかえってリアルさを感じた。
宝探しものには美女がつきもの。お約束に違わずベンとライリーのひ弱なコンビに気の強い美女も加わって
秘宝の謎を追いかけていく。アクションものにしては人があまり死ななかったのもいい。
墓石に銃弾をあてるとは何たるバチあたり!だからああいう目に遭うんだ!
しかし…アメリカに世界の歴史を覆す秘宝があるという設定、手がかりが散りばめられているものはすべて
アメリカの歴史に関わるもの(1ドル札等)アメリカの歴史に対するコンプレックスが垣間見られたような映画
だと思った。ここまでやると怒る気も呆れるという気持ちもない。いじらしくさえ感じてしまう。

ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
ナショナル・トレジャー (UMD Video)

2002年公開の「ボーン・アイデンティティー」の続編。

インドで恋人マリーと平凡だが、幸せに暮らしをしているボーン。だが、時折頭をよぎる記憶の断片が彼を苦しめる。
そんな彼を心配しながらも優しく見守るマリー。
だが、謎の襲撃者がボーンを襲い、マリーが命を落としてしまう。
愛する者を失った悲しみを怒りに変えて、ボーンは再び、戦いに身を投じる。


前作のときは、自分が何者だか全くわからなかったボーン。
今回は不完全ながらも記憶が戻っていて、新たに蘇ろうとする記憶の断片に苦しむ。
それは、自分の罪;の記憶であるからだ。
以前のボーン、トレッド・ストーンの一員であった頃のボーンならためらいなくマリーを死に追いやった者たちを殺していただろう。
だが、「マリーがいやがるから殺さない」愛を知った者は人を殺せなくなるのだろうか?
そして、本当に過去からは逃れられないのだろうか?どんなにその過去の自分を悔いたとしても。
愛する者を失った彼がこれからどういう風に生きていくのだろうか?
そして、彼には自分のすべてを取り戻せる日が来るのだろうか?

ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
ボーン・スプレマシー

凡庸な皇帝と腐敗した官吏によって政治が乱れた唐。各地で反乱ののろしがあがり、中でも
「飛刀門」という組織が勢力を伸ばしていた。捕吏のジンとリウは飛刀門の一人が遊郭に潜入
しているという情報を掴み、一味の女、シャオメイを捕らえる。リウは更に手柄を重ねるべく
シャオメイをおとりにして飛刀門をおびき出そうとジンに持ちかける。シャオメイを脱獄させ彼女の
信用を得たジンは彼女と行動を共にするが…

たまねぎのように幾つもの騙しが折り重なっっている。これで騙しは終わりかと思ったらまだある。
結局、騙すつもりで一番騙されていたのは彼だったのか?
彼女は多分、幼いときから一人の人間としてではなく、組織の持ち駒となるべく生きてきた。
そして、幼い頃から身近にいる男性といずれは一緒になるのだろうかと漠然と思っていたのだろう。
それが当たり前だと思っていた。彼のことは嫌いじゃなかった。むしろ好きだったと思う。
だが、彼女自身も気づかないうちに徐々に育っていった自由への渇望。

制約の多い世界で生きてきたからこそ育った自由への憧れ。人は自分が持たないものを欲しがる。
一人の男と出会ったことで彼女自身、自分の渇望に気づいたのかもしれない。
「本物の花は野山に咲きます」初めてジンと出会ったときに彼女はそう言っていた。

彼と出会ったときにシンパシィを感じたのではないだろうか?
女好きだけどどこか憎めない春風のような男。彼女は"風"を待っていたのかもしれない。
二人が出会って、騙しが真実へと変わったときに何もかもが変わり、悲劇は起きた。
愛は本当に理不尽なもの。常識も理屈も通用しない。先口も後口もない。何年想っていたか、どれだけ
深く想っていたかなんて通用しない。そして、女は本当にわがままなもの。

何があってもどんなことをしても「愛する男を助けたい」というわがままを通すもの。
人生の中でそれほど大切なものに出会えた彼女を妬ましくさえ思う。
わずかな時間で燃え上がった宿命とも言えるような愛。夢と現実の大きなギャップ、
組織の駒ではなく、一人の人間として生きることへの渇望。純粋さゆえに過去も未来も破壊し尽したような愛。
この映画の中に社会も現実も関係ないただ純粋な愛の原点を見たような気がする。

レントラックジャパン
LOVERS

脱獄不可能と言われた魔法使いの牢獄アズカバンから凶悪犯シリウス・ブラックが脱獄。
"あのひと"の一の子分であったシリウスは"あのひと"を復活させるためにハリーの命を
狙っているという。
魔法界は騒然となり、ホグワーツもアズカバンの看守ディメンターたちの監視下に置かれる。
ハリーはシリウス・ブラックが実は亡き両親の友人で自分の名付け親であることを知る。
そして、その彼が両親を"あのひと"に売ったために両親が死んだことを知り、両親の敵を討つ
決意を固めるが…


主役三人組が大人っぽくなっていたのに驚いた。
でも、考えてみればもう皆中学三年生くらい。小説の中のハリー達と一緒に成長しているから
当然だろう。
敵役マルフォイはオールバックから目の上直線に髪型チェンジ。
でも、タカビーなところは相変わらず。それと、少しおマヌケなところも…
スナイプス先生は気になる存在だ。ハリーのことをあまり好きでないようだが、助けたりもする。
それと、ハリーの父のことをよく知っているようで、彼と過去に何かあったことを匂わせるような言動。
今回、気になったのはディメンターというものの存在だ。
彼らはアズカバンの看守だが、彼らの通るところはすべて凍りつき、人の心の中にある幸せな
思い出も夢もすべて奪ってしまい、代わりに心を絶望と悲しみで一杯にする。
彼らから身を守る唯一の武器は強い幸せな思い。
ディメンターは映画では死神のような姿で目に見えていたが、本当は目に見えなくて私たちの
そばにいて、幸せな思い出や夢を奪い去ろうと虎視眈々と狙っているのではないかと思った。
この世界にはディメンターに心の中の幸せや夢を奪われた人がたくさんいるような気がする。
ディメンターに対抗できる唯一の武器は希望なのではないだろうか?
かつてパンドラが開けてしまった箱から病気や不幸、悲しみ、憎しみといったものが飛び出して
しまったとき、それらを打ち消すために最後に"希望"が箱から出て行ったように。

ワーナー・ホーム・ビデオ
ハリー・ポッターとアズカバンの囚人 特別版

ローハン王国を滅ぼすのに失敗し、サルマンも封じ込められた魔王サウロンは
中つ国の最後の砦、ゴンドールに大軍を送り込む。
ゴンドール死守するため旅の仲間やローハンの人々が立ち上がる。
一方、モルドールの滅びの山に近づきつつあるフロドとサムだが、フロドは指輪の魔力で
憔悴し、疑心暗鬼になり、そこを道案内のゴラムにつけ込まれサムと仲違いしてしまう…


3時間以上(203分)もの長丁場。給水、排水は充分にしておいた方がよい。
三部作の最後にふさわしい作品だったと思う。
小さな身体に重過ぎる宿命を負ったフロド。彼が指輪を滅びの山に捨てないと、世界が滅びる。
誰もが皆、宿命を背負って生まれてくるのだと思う。
それぞれ背負うものは違うだろうけど。
宿命はその人自身が負わねばならぬもの。どんなに重くても辛くても。
そして、周りの人はその人の重荷を代わって背負いたいと思っても背負ってやることはできない。

ただ、その人が背負うのを手伝うことしかできない。
フロドが「これは僕が背負うべきものなんだ」とサムに言ったとおりに。

そして…ゴラム(スメアゴル)、指輪の魔力に取りつかれ人を殺し、あんな姿に成り果ててしまった。
今回初めて彼がホビットだった頃の姿を見た。
指輪への妄執を捨てられず、策略を巡らしフロドとサムを仲違いさせ、フロドを亡き者にし、指輪を
手に入れようとした。
最後は、彼も本望だったかもしれない。
彼にはあれ以外に救われる道はなかったのかもしれない。

ポニーキャニオン
ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還 コレクターズ・エディション

小学校で教師をしている隆之は自分の身体に異変を感じた。診断の結果、視力を徐々に失うベーチェット病という病に冒されていると知る。
隆之は教師を辞め、結婚を約束していた恋人とも別れて、故郷の長崎に帰る。
何をするというでもなく、見える間に故郷の風景を焼きつけておこうと歩き回る隆之。
そんな日々の中、突然、別れた恋人陽子がやって来る。「あなたの目になりたい」と。

隆之が失明するまでの日々を共に過ごす二人。
ある日、二人は林という老人から夏の行の終わり、「解夏(げげ)」の話を聞かされる。

美しく、せつない。短く表現するとそういう映画だ。
愛している、その思いは同じなのに、二人が出した結論は正反対だった。
愛しているから別れると決めた男、愛しているから別れないと決めた女。
彼が別れようと決めたのは確かに彼女の将来を案じた故だろうが、

本当はいずれ彼女が自分を重荷に感じる前に去ってしまおう、そう思われるのはつらいから。
そして、以前は何でもなくできたこともできなくなっていくみじめな姿を愛するひとに見られたくなかったのではないだろうか?
それ故、隆之は一度は陽子の手をふりほどいてしまう。
だが、隆之には陽子が、陽子には隆之は必要な存在だった。
それに気づいた隆之は勇気を振り絞って、一度離してしまった手をまた掴む。

もう二度と、その手を離しちゃだめだよ。

彼らの望む奇跡は起きなかったけど、実は彼らにはもう奇跡はおきていたのだと思っている。
たった一人のひとに巡り会えたという奇跡が。

最後に長崎の街を美しく描いてくれてありがとうございました。磯村監督。
そして、隆之と陽子を素敵に演じてくれた大沢たかおさん、石田ゆり子さん、ありがとうございました。

東宝
解夏

明治維新直後の日本。軍の近代化のために南北戦争の英雄、オールグレン大尉を軍の指導者として招く。日本では政府と反目する勝元率いる侍集団がいた。
勝元の兵と対戦した政府軍は敗北し、オールグレンは生け捕りにされる。
捕虜として勝元の妹たかが彼の世話をするが、彼女はオールグレンが殺した武将の妻だった。
彼らとともに暮らすうち、彼らの心の拠り所である武士道に感銘を受け、彼らと運命を共にしていく…

今までの日本を描いた映画に比べ、日本をかなりきっちりと描いてくれているのはうれしかった。
なぜ勝元があんなに英語が堪能なのか?着物を着たことのないオールグレンがなぜ一人で
着れたのか?等々、多少の矛盾はあるが…(勝元の英語の件に関しては、元老院にまでなった人なので
英語教育は受けたのだろうと解釈することにした)

夫の仇の世話をしなければならなかったたかの心境は複雑だっただろう。
自分の許婚を殺した(それと知らずだが)トリスタンの傷を癒したイゾルデの姿と重なった。
だが、日々を共に暮らし、彼が夫を殺してしまったことを詫びたことで徐々に二人の心は近づいていく。
最後には大切にしていた夫の形見の鎧を彼に着せた。
鎧を着るのを手伝うところは夫の出陣の支度を手伝う妻のようだった。
サムライ…彼らは自分の信念に対して悲しい程まっすぐで、信念を曲げるくらいなら死をも選ぶ人々。
そんなまっすぐさに涙した。
オールグレンは最後のサムライ、勝元と出会って武士道に触れ、失いかけていた人としての誇りを取り戻した。
彼が求めていたものは故国にではなく、海を越えた遠い異国にあったのだ。

勝元役の渡辺謙。前に「独眼竜政宗」の再放送見たけどあの頃から風格あったな。
あの頃の大河ドラマは丁寧に作ってあったと思う。
近頃のテレビドラマは大河も民放も造りが雑になっているような気がしている。

ワーナー・ホーム・ビデオ
ラスト サムライ