被災支援から戻り、暫くは大人しくしてましたが…

今日の長閑な気候に誘われて

午前中に洗濯、アイロンがけ

洗濯干しには先日或方の薦めで購入した10連ハンガーが威力発揮アップ

昼過ぎに家の中掃除!?を終えて、散策開始

先ずは平作川沿いに久里浜海岸へ
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釣り船が戻ってキタ~(笑)

そして海岸へ

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海岸線を浦賀方向へ進むと、道路沿いに桜桜が…

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葉桜だけど、またこれも風情があるなぁと思いながら、テクテク歩いていると…

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川間トンネルが…
久里浜と浦賀を繋ぐトンネルです!
トンネルを潜ると左手には…

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思わずパチリ(笑)
さらに100mほど進むと標識があり、右360m⇒「燈明堂(とうみょうどう」

よし、行ってみるか…
うわ~素晴らしい眺めが眼前に…
海岸線
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そして、これが…燈明堂

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慶安元年(1648年)から明治5年(1872年)まで浦賀を出入りする船舶の安全を守る灯台として活躍していたとか…

海岸へと降りると
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久里浜~金谷フェリーが見えるかな?

もっとゆっくり風景を堪能したいところですが…

名残惜しい気持ちを振り切り(笑)…先に進むことに

元の通りに戻り、少し進むと右手にマリーナがありヨット船が…

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そして、「浦賀の渡し」

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ここから浦賀通りを久里浜方向へ、テクテク歩いて夫婦橋へ

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丁度釣り船が戻ってキタ~のでパチリ

イオンで買い物しビクター通りを…
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この通りにも桜並木が

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葉桜を堪能しながら、約2時間の散策を終えて帰宅しました。


天候に恵まれ、のんびり散策出来ました!

最後に
被災地の方々が1日も早く、心から癒される日を迎えることが出来ることを願って散策を終えることとします。

長々と有難うございました。
駅のエスカレーターの歩きが、東西で違う。急ぐ人を通すように片側をあけておく慣習だが、大阪は右側、東京は左側に立って追い越し線をつくる。

この右か左かを、全国の主なJRや私鉄、地下鉄に聞いてみると…

駅にエスカレーターがなかったり、朝夕のラッシュのない地方では、とくにルールはない。
東北、北陸、中国四国、九州などの26県がこれにあたる。

右は大阪、和歌山など5府県。神戸は阪神、阪急、JR、地下鉄、すべて大阪式。
関西以外では左が圧倒的。札幌、関東など14都道県。
ただ、仙台は大阪と同じ右。「なんとなく、そうなってる」とか。

東西の分岐点は滋賀県。南部の京阪浜大津は右、北部の米原は左という結果である。

複雑なのは京都。市営地下鉄は左なのだが、これは1981年に開業した烏丸線の京都、四条、北大路などの駅に「ゆっくりの方は左側に」とする表示をつけたのが始まりだった。
ただ京阪三条には、「立ち止まる方は右側」との表示もある。さらに混乱を招くのは、JR京都駅・在来線の「片側をおあけください」とのプレート。
一千年の歴史をもつ古都は、さすがに一筋縄ではいかない!!

なぜ、右と左に分かれたのか?
説はいろいろだ。
江戸は武士の町、武士が右側を歩くと、すれ違いざまに刀の鞘同士がぶつかって、命の奪い合いになりかねない。背後から襲われたとき、右歩きだと振り返りざまの反撃ができない…

東京は、武士の慣習から出たという説。大阪は、「右腕に抱えるソロバンを左手で出しやすいように考えたんでんな」「圧倒的に多い右利きが、ベルトを持ちやすく。合理性でんがな」ともいう。

大阪の右並びは1970年代初め、阪急が梅田にエスカレーターを導入した時代にさかのぼる。エスカレーターで歩く人が多く、右側に寄るようにアナウンスや掲示板で呼び掛けた。

参考にしたのはパリやロンドンの欧州風。大阪風の右並びは“世界標準"なのだ!!
関西のプロ野球野球試合では、遠慮なく絶叫、ひいきにでも容赦ないヤジを飛ばす。
「このあほんだれ。いっぺんに、そんなぎょうさん点とって!?明日にまわさんかい」
「新地で飲んだくれとるから、打てへんのや」
腰を抜かすようなヤジはまだまだ多い。でも、どこか温もりがある。
出来の悪い子に「しょうがないなあ」という親の心情の響きがある。

元阪神タイガース監督の吉田義男氏もしみじみ語った。
「ベンチの上から『なにやっとんねん。もう来たるかい』と怒鳴ったファンが、翌日もちゃんと、そこにいるんです」

関西では、応援は祭り、ファンの一人一人が演出者であり、主役でもある。だからこそ関西人のエネルギーがみなぎる。