載せたのは『鉄橋』や『月』や『夕陽』…
だったと思います。
当時仲良くさせて頂いていたブロ友さんは
片手程の人数で、そのメンバーと励まし合い
慣れない一眼レフで写真を撮っては
ブロ友さんに大袈裟に褒められて(*´∇`*)
すぐにその気になる私は、調子に乗って
大好きな『空』の写真を撮っていました。
今のように花を撮ることは少なく、
ほぼ『月』、『夕陽』でした。
そして、テレビで放送されていた
ALWAYS 三丁目の夕日を観ていたら☆
最後に皆が『夕日』を見詰めていて🌇
『へぇ~夕陽をそんなに見るんだ~』と
他人事のように思っていたのですが💦
私は夕陽が見える日は必ず写真を撮って
いた事にハッ
と気付かされました。
思い返すと…
写真から離れたのは、ツインから離れる為…
というのもあると思いました。
ツインとやり取りをする中で、私は写真を
撮る事に劣等感を感じていたので、勝手に
自分なりに完璧な写真を求めていて💦
写真を撮っては、ツインに見せて反応を
伺っていたなぁ…と思い出しました。
私とツインは感性が違うので、それまで
仲良くしていたブロ友さんやフォロワーさん
からは、写真から『気付き』や『癒し』を
感じられるとコメントがありましたが…
ツインはどちらかというと、無関心か
被写体に興味がなくテキトーな返事が多く
次第にツインに写真を見られる事が窮屈に
感じるようになり、ブログを見られたく
なくてそれまでのブログを一旦全てリセット
した事もありました。
それぐらい窮屈で、監視されているようで
嫌だったんですよね💦
共感してくれない
見られたくない
監視されているみたいで嫌だ
↑
すべて両親に対する感情だったんですが…💦
すべて、私の思い込みの幻想だっのですが
本当に嫌だったんです(笑)
でも、次第にツインと会うようになり
ブログの更新も少なくなり…
写真も撮らなくなり…
大好きな事から離れてしまったんですね💧
ツインもブログ更新が少なくなり、
写真を撮らなくなり…
それが一番嫌だったんです。
ツインが生き甲斐のように大切にしている
事から離れてしまう事に罪悪感がありました。
写真を大切にして欲しいと思っていました。
でも、相手がツインとか関係なく…
誰かに対して強く思う事は自分に対して
強く思う(願う)事だったんですね。
今だからわかる事ですが☆
当時は当然わからないので、罪悪感しか
生まれて来なくて、いつもいつも自己卑下
したり、誰かと比較しては落ち込んだり💧
そして、ツインに認められない事に落ち込み
どんどん堕ちていったんですよね…((T_T))
それは、すべて両親に対する気持ちだった
事とわかりましたが、当時は気付ける訳も
なく(^^;
ひたすら落ち込むばかり
でした。
その劣等感や自信の無さに気付かせてくれ
ていたのがツインなのですが(^^;
だからこそ、嫌だったんですよね💦
多分、ツインも私に対して物凄く憤慨した
事について掘り下げていくと…☆
お母さんやお父さん、または両親に対して
未消化な感情が噴き出していたのだろうと
思います。
因みに、ツインのお母さんはAB型で私も
AB型で同じだったのと、当時私が漢方を
飲んでいると話すとお母さんも飲んでいた
と懐かしんでいました。
すべて書き出すと長くなりますが…
全く違う時代で違う土地で生まれ育っている
のに、共通する事が幾つもあったので不思議
な縁があったのだろうと思います。
マイナーな餃子の話や烏龍茶の話なども。
ALWAYS三丁目の夕日に話を戻しますが、
15日(月)は、妹から『三丁目』という
キーワードが何度も送られてきていて(笑)
これまで何度もテレビで放送されている
ALWAYS三丁目の夕日を観ていたら…☆
今までは全く感じなかった事にたくさん
気付かされたり、そういう事だったんだ!!
と、自分なりの解釈が出来ました。
茶川龍之介とお父さんとのやり取りに
自分と父親を重ねて観ていたり…
父親と和解したからこそ、茶川龍之介とは
違う形で父親と接している自分に
解り合えて良かったね
と心底嬉しく思ったりと…
物凄く、共感したり気付きがあって
何度も観ているのに無性に泣けてきました。
主人にバレないように感情を押し殺して
観ていました(笑)
それでも鼻水がツーッと流れてしまって
泣くのを我満出来ませんでしたが(笑)
それ程、今回は気付きが多くて驚きました。
全部が答えのように思えました☘️
私は誰からもコントロールされないし、
誰の事もコントロール出来ない。
でも、本気でやっている姿で誰かの感情を
刺激したり、気付きを与える事は出来る。
それだけは胸を張って言える事だと
思えました☘️








