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先日、ある方のblogで、タルコフスキーの映画をご覧になった記事を読んだ。
その方は、お花、陶芸、写真、映画、その他イロイロなことに取り組まれていて、僕はそれらの分野になんの素養ももたないので、ただただ感心してばかりいるのだが…
それでもって、Y君もこの間、タルコフスキーを見て、なんか書いていたな…
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で、タルコフスキーの話なんですよ。
アンドレイ・タルコフスキーって旧ソ連の映画監督なんですよ。
まあ、興味があれば調べてみてくださいまし。
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タルコフスキーを初めて知ったのは、中学一年生のとき。
その頃購読していた、「スクリーン」、「ロードショー」。
「惑星ソラリス」のロードショーが雑誌で紹介されていた。
そのときは、フツーのSF映画だと思っていたので、興味がなかった。
見ておけばよかったかな?
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タルコフスキーを初めて見ようと思ったのは、大江健三郎さんの著作を読んでいるとき。
「ストーカー」に関する記述。
ココロに残り、ビデオをレンタルしてきて、見た。
初めて知ったときから、20年後くらいかな?
衝撃的だった。
虜(とりこ)になった感じ。
それから、近所のビデオ屋にあるのを探して借り、ダビングし、何度も見た。
もう覚えていないけど。
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タルコフスキー作品を映画館で初めて見たのは、六本木の今はなきシネヴィヴァン。
「パラジャーノフ祭」なんてのをやっていたような。同じ日に、パラジャーノフの「ざくろの色」だとかと一緒にタルコフスキーの作品を見た。
ああ、こんなに記憶ってなくなるんだぁ。
パラジャーノフ祭のときに見たとすれば、1991年。
たしか、「ノスタルジア」だと思う。
それから、いくつかの劇場で見ることになる。
タルコフスキーはやっぱり映画館で見たい。
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タルコフスキー作品。まだ見ていないのは、「殺し屋」と「ローラーとバイオリン」。
「アンドレイの受難」とかいうのもあるようだが、「アンドレイ・ルブリョフ」のなんちゃら版だからとりあえずカウントせず・・・
「殺し屋」 (1956年) ※学生時代。共作。
「ローラーとバイオリン」 (1960年)
「僕の村は戦場だった」 (1962年)
「アンドレイ・ルブリョフ」 (1967年)
「惑星ソラリス」 (1972年)
「鏡」 (1975年)
「ストーカー」 (1979年)
「ノスタルジア」 (1983年)
「サクリファイス」 (1986年)
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デートでは行きにくい映画。
だいたい、僕が見たい映画は、デート向きではないのがほとんどなので、女の子と行くときには、なにもこだわらないようにしている。
あっ、違うか、、、
レンアイ映画だけ、断ることがあるなぁ。
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とはいえ、一度だけ、女の子とタルコフスキーの「ノスタルジア」を見たことがある。
渋谷だったな。
そのとき渋谷でやっていた映画の一覧を見て、その女の子に選んでもらった。
最後にふたつかみっつ候補が絞られた。
なんと、レンアイ映画に交じって、タルコフスキーの映画が残っている。
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僕は、迷いましたよ。
この作品はこれこれこういう作品ですよ、と言うべきか…
でも、そのときは久しぶりに「ノスタルジア」を見てみたい、というキモチも強く…
しかし、最後の決断の役目は僕に回ってくると思っていたので、回ってきたら、当たり障りのないものにしようと思っていた。
そのとき、「題名でこれに決めます!」と。
快活に。
というわけで、、、
僕は、タイミングを逃がしてしまいました。
あるいは、逃げるがままにしていました。
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さて、帰り、僕は、もちろん、大満足でした。
女の子は?
女の子は、苦笑いをしていました。
苦笑いも、笑いに近いほうの苦笑いと、苦々しさに近いほうとがあるかと思うのですが、そのときのその女の子は、完璧に後者のほうでした。
僕は、タルコフスキーが好きなことも、この作品を何度か見たことも黙っていました。
まあ、一般的にはデート向きではないですよ。
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僕はタルコフスキーが大キライな人も、大スキな人もスキですね。
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タルコフスキー作品の特徴は水だの火だの光だの鏡だの長回しだのなんだのとイロイロ言われているので、僕がここで言っても意味なしだが、引用される彼のお父さんの詩がヨイ。
翻訳詩集が何年か前に出ていたね。
読んでみたい。
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アルセーニー・タルコフスキー『雪が降るまえに 』
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そういえば、昔、『タルコフスキー日記』を読んだな。今は、絶版かな?
パラジャーノフに対する温かな記述もあったな。
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『ストーカー』はまだ一度しか見ていないので、もう一度、見たい。
あの衝撃を思い出したい。
『ストーカー』がタルコフスキーの最高の作品だとは思わないが、最初の衝撃が忘れられないのだ。
主人公も、妻も、タバコも、表情も、歩行も、ゾーンも、、、、
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最良のものでなくとも最良のものがある。
自分にとって。
『カラマーゾフの兄弟』が最良のものだと思うが、僕には『白痴』も忘れられない、そんなカンジ・・・
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僕は、評論のようなものは書かないつもり。
だから、基本的に、本の感想も立ち入ったことは書かない。
絵を見た後もそう。
そんなふうに決めているのだ。
ひょっとしたら、分析する力がない、表現する力がないだけの話かもしれないのだけれども、なんか、評論って好みじゃない。
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酒と料理と女性についても評論めいたことは語りたくない。
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おいしくても、おいしくなくても、ヨイ。
先日、ある方のblogで、タルコフスキーの映画をご覧になった記事を読んだ。
その方は、お花、陶芸、写真、映画、その他イロイロなことに取り組まれていて、僕はそれらの分野になんの素養ももたないので、ただただ感心してばかりいるのだが…
それでもって、Y君もこの間、タルコフスキーを見て、なんか書いていたな…
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で、タルコフスキーの話なんですよ。
アンドレイ・タルコフスキーって旧ソ連の映画監督なんですよ。
まあ、興味があれば調べてみてくださいまし。
φ
タルコフスキーを初めて知ったのは、中学一年生のとき。
その頃購読していた、「スクリーン」、「ロードショー」。
「惑星ソラリス」のロードショーが雑誌で紹介されていた。
そのときは、フツーのSF映画だと思っていたので、興味がなかった。
見ておけばよかったかな?
φ
タルコフスキーを初めて見ようと思ったのは、大江健三郎さんの著作を読んでいるとき。
「ストーカー」に関する記述。
ココロに残り、ビデオをレンタルしてきて、見た。
初めて知ったときから、20年後くらいかな?
衝撃的だった。
虜(とりこ)になった感じ。
それから、近所のビデオ屋にあるのを探して借り、ダビングし、何度も見た。
もう覚えていないけど。
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タルコフスキー作品を映画館で初めて見たのは、六本木の今はなきシネヴィヴァン。
「パラジャーノフ祭」なんてのをやっていたような。同じ日に、パラジャーノフの「ざくろの色」だとかと一緒にタルコフスキーの作品を見た。
ああ、こんなに記憶ってなくなるんだぁ。
パラジャーノフ祭のときに見たとすれば、1991年。
たしか、「ノスタルジア」だと思う。
それから、いくつかの劇場で見ることになる。
タルコフスキーはやっぱり映画館で見たい。
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タルコフスキー作品。まだ見ていないのは、「殺し屋」と「ローラーとバイオリン」。
「アンドレイの受難」とかいうのもあるようだが、「アンドレイ・ルブリョフ」のなんちゃら版だからとりあえずカウントせず・・・
「殺し屋」 (1956年) ※学生時代。共作。
「ローラーとバイオリン」 (1960年)
「僕の村は戦場だった」 (1962年)
「アンドレイ・ルブリョフ」 (1967年)
「惑星ソラリス」 (1972年)
「鏡」 (1975年)
「ストーカー」 (1979年)
「ノスタルジア」 (1983年)
「サクリファイス」 (1986年)
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デートでは行きにくい映画。
だいたい、僕が見たい映画は、デート向きではないのがほとんどなので、女の子と行くときには、なにもこだわらないようにしている。
あっ、違うか、、、
レンアイ映画だけ、断ることがあるなぁ。
φ
とはいえ、一度だけ、女の子とタルコフスキーの「ノスタルジア」を見たことがある。
渋谷だったな。
そのとき渋谷でやっていた映画の一覧を見て、その女の子に選んでもらった。
最後にふたつかみっつ候補が絞られた。
なんと、レンアイ映画に交じって、タルコフスキーの映画が残っている。
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僕は、迷いましたよ。
この作品はこれこれこういう作品ですよ、と言うべきか…
でも、そのときは久しぶりに「ノスタルジア」を見てみたい、というキモチも強く…
しかし、最後の決断の役目は僕に回ってくると思っていたので、回ってきたら、当たり障りのないものにしようと思っていた。
そのとき、「題名でこれに決めます!」と。
快活に。
というわけで、、、
僕は、タイミングを逃がしてしまいました。
あるいは、逃げるがままにしていました。
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さて、帰り、僕は、もちろん、大満足でした。
女の子は?
女の子は、苦笑いをしていました。
苦笑いも、笑いに近いほうの苦笑いと、苦々しさに近いほうとがあるかと思うのですが、そのときのその女の子は、完璧に後者のほうでした。
僕は、タルコフスキーが好きなことも、この作品を何度か見たことも黙っていました。
まあ、一般的にはデート向きではないですよ。
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僕はタルコフスキーが大キライな人も、大スキな人もスキですね。
φ
タルコフスキー作品の特徴は水だの火だの光だの鏡だの長回しだのなんだのとイロイロ言われているので、僕がここで言っても意味なしだが、引用される彼のお父さんの詩がヨイ。
翻訳詩集が何年か前に出ていたね。
読んでみたい。
φ
アルセーニー・タルコフスキー『雪が降るまえに 』
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そういえば、昔、『タルコフスキー日記』を読んだな。今は、絶版かな?
パラジャーノフに対する温かな記述もあったな。
φ
『ストーカー』はまだ一度しか見ていないので、もう一度、見たい。
あの衝撃を思い出したい。
『ストーカー』がタルコフスキーの最高の作品だとは思わないが、最初の衝撃が忘れられないのだ。
主人公も、妻も、タバコも、表情も、歩行も、ゾーンも、、、、
φ
最良のものでなくとも最良のものがある。
自分にとって。
『カラマーゾフの兄弟』が最良のものだと思うが、僕には『白痴』も忘れられない、そんなカンジ・・・
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僕は、評論のようなものは書かないつもり。
だから、基本的に、本の感想も立ち入ったことは書かない。
絵を見た後もそう。
そんなふうに決めているのだ。
ひょっとしたら、分析する力がない、表現する力がないだけの話かもしれないのだけれども、なんか、評論って好みじゃない。
φ
酒と料理と女性についても評論めいたことは語りたくない。
φ
おいしくても、おいしくなくても、ヨイ。