学生時代に想いを寄せた人の記憶は、自分の中ではキレイなままであると考え、そうありたいと信じるものだ。


とかく学生時代では、限られた人間関係の中で恋愛対象の人が見つかる、見つけるものなので、思い入れが深く、高い理想が具現化された人なのだろう。


それほど崇高だと思っていた人に、時を経て同窓会などで再会した時、あの時の記憶のまま、もしくは、それ以上の姿を目にしたら、その時の感動は増幅されるものだが、そうでないときのげんなり具合ときたら、言葉にできないほどのものを覚えるかもしれない。


いわゆる、キレイな想い出から「劣化」したと感じさせるものと言えば…


・容姿
 あの時はさわやかなスポーツ少年だったのに、今は巨大化してオジサン体型になってしまった
 あの時は清純で可愛い女の子だったのに、茶髪でメイクの濃い、尻軽そうなギャルになってしまった


・性格
 あの時は誠実で信頼できる人だったのに、今は仕事の愚痴や人の悪口しか言わなくなった
 あの時はおとなしかったのに(クールだったのに)、酒癖の悪い、性質の悪い人になってしまった


・真実の承知
 想いを寄せていたのに全く気付かれていなかった
 想いを寄せていたことを打ち明けたら、今になって激しく拒絶された
 想いを寄せていたことに気づいていながら、当時は別の人に想いが寄せられていた


のように、現実と向き合ってしまうことで美化されていた記憶が価値を失ってしまうことだ。


「キレイな想い出はきれいなままで」と願うのは勝手で、実際にそうであれば、こんなにもいいことはない。


ほとんどの場合は、経年劣化いう名の現実直視であり、想い出はその中だけで美しければ、唯一無二の価値があり続けるだけだ。