今日はジャッジについて書きたいと思います。


母は周りの人のあることないこと

ネガティブにジャッジして

せせら笑いながら小馬鹿にする話ばかり

私にしてきました。

それを私は毎日聞かされて育ちました。


それなので、私も自分自身のすることや

周りで起こることに

逐一ジャッジすることがあたりまえだと

思っていました。


ありのままをそのままにしておけず

悪いツッコミばかりが

頭に浮かび

こうすればいいのに ああすればいいのに

と思うばかりか

だからダメなんだとか

自分以外の人のことだと

その悪い印象のレッテルを貼って

あの人はダメだと決めつけたり

書いていると本当に酷いと思うのですが

どこまでも心の声が追いかけてきて

ジャッジをし尽くさないと

治まりませんでした。


しかも、母と同じように

人をバカにする話を人にしないと気が済まず

そんな話を周りにしてしまっていました。

(友達は少ないですが、よく友達やめないでいてくれたなと思います。本当に申し訳なかったなと思います。)


そこから少しずつ抜けられつつある今、

本当に恥ずかしいのですが

それが普通だと思っていました。


心の勉強を始めたころに

「ジャッジをしないと楽になる」

というフレーズが出てきましたが

全くピンと来なくて

先生にそれがジャッジだよと言われた時に

普通の人はこんなことしないんだと

驚きました。


気づいてからもう5年くらいたちますが

やっと最近、ありのままをそのままにしておけるようになってきたというか

周りの人のことだけでなく

自分のことも放っておいてあげられるように

なりつつあります。


少しずつ、「ジャッジをしないと楽になる」が

分かってきました。


子どもの頃の環境や習慣て

怖いなと改めて思います。

こんな母に育てられられなければ

こんな苦しく恥ずかしい思いはしなくて済んだのになぁと思います。

もっと気楽に軽く生きてこられたのに。


それと、母の過剰な過保護と干渉も

身についていたのだと思います。

大人になって家を出ても

子どもの頃に母にされていたように

私が私自身を縛っていないと落ち着かなかった。

自分を縛っているうちのひとつが

ジャッジという形で身についていた。


まだ、どこまでが過保護で過干渉なのか

良い塩梅がよく分かりませんが

これからはもっとジャッジを手離して

自分を放っておいてあげられるように

試行錯誤していきたいと思います。


本日もありがとうございました。