特に意識していたわけではなかったのですが

バタバタと家の事をしていて
ようやく一息でテレビをつけたら

ちょうど14時46分

黙祷の時間でした。

私も1人
テレビの前で黙祷をしました。

そして
8年前を思い出し
ちょうど昼休みが終わる時間帯で
午後診療準備を始めた時間帯。

揺れる揺れる。

助手とレントゲン室に避難。

だけど、潰れたら脱出できないよねと
レントゲン室から出て
ガラス張りの診察室は危険だと受付周りをうろうろ。

それから外に出たら
電線が縄跳びみたいにうねっていた。
道も揺れで歪んで見えた

そんな中、午後診療にきた患者さん。

怪我していた。
絆創膏を貼ってあげて揺れが収まってから
帰るように助手が話していた。

先生はその日は雇われ先生で
さっさと帰ってしまった。

助手とフジテレビを見ながら
安藤優子さんがヘルメット被りはじめたところで
帰ろうとなり

二人で一駅歩き
助手は
そこが自宅近くで
帰り
私は駅前にいたけれど
これは無理だなとタクシーを待つが
なかなかタクシーも来ないなか
運良く
タクシーがつかまった。

運転手さんは冷静だった記憶

環七で
次男の中学の子供達が保護者と帰る姿が見え
迎えに行くために途中で降りたら
すぐさまそのタクシーに入れ違いで乗る男性がいた。

歩きながら中学に電話しても電話繋がらない

中学までの道のりに過去に勤務していた職場があるので
そこに寄り電話を借りた。
そこでは午後診療を普通にしていた。

固定電話は繋がる。

次男を迎えに行ったら
次男は
私が思いの外、早く来たのをびっくりしていたようで
来ないと思ったと言われた

緊急連絡網は自宅にいた保護者だけに繋がったようだった。

次男に大丈夫だったか聞いたら
女子が過呼吸起こしたりしていたとか話していた

長男は骨折手術で入院中だったため病院にも電話し大丈夫と確認。

娘は
当時の勤務先のため東京にはいなかったので
大丈夫だなと思っていた。

実家の母にも電話済みで大丈夫だった。

そんなことを黙祷時間に思い出していた。

8年経つんですね。

まだまだ、復興が進んでいなく
不便な生活を余儀なくされている方々がたくさんいます。

復興が進んでくれることを願います。

そして
合掌と黙祷の気持ちに思いを込めます。