個人的な人に宛てた応援メッセージです
今は大越先生の言葉を少しずつ書いていきます


親が子どもに言い聞かせるときによく使う言葉で
「お前のため」「あなたのため」というのがあります。
「お前の将来のため」「あなたのためを思うからこそ」などと使います。

念が入ってくると「お母さんだってこんなことくどくど言いたくないのよ」と
親が犠牲になってまで、「子どものためを思っている」印象を与えようとします。

しかし子どもたちはその言葉に押しつぶされたり、「何もしてくれなくていい」と言ったり
「あなたのため」と言われるとわざとだらけた生活態度をとったりしました。

彼らはどうして、このような一見素直でない態度をとるのでしょうか。


親が本当に自分のためを思って言ってくれていると感じられるなら、子どもが親に反発するはずがない、そう思いませんか?

そこで私は、このような子どもを抱えて困っているお母さん方に、「大変失礼な言い方になるかも知れませんが・・」と断って、次のように言うのです。


「お母さんが、子どものためと思ってイメージしていることが、じつは親として子どもが楽できる方向に向いてはないですか?」

お母さんたちは、皆、一様に嫌な顔をされます。しかし、この困った状況からなんとか抜け出したいと真剣に思っているお母さんは、ここでハッと目が覚めたような顔をされます。


そして私が、「子どもというのはつねにお母さんの顔色を見ながら生きているだけに、本当にお母さんの心の動きに敏感です。おそらく、どんなごまかしも彼らには通用しないでしょう。お母さんが楽をしたいのか、とことん子どものために苦労をいとわないのか、本能的、動物的に感じ取ってしまいます。子どもはこうした大人の嘘がもっとも許せないのです。」

という風に、たたみかけると敏感な方ならすぐ自分に振り返り、そして、さすがにもう腹を据えてかかるしかないと、覚悟を決めてくれるのです。


古い話ですが、私の母は「世のため人のためになる人間になれ」と常々言い、時には「世のため人のためにならんかったら、自決せえ」とまで言っていました。


子どもにそんなことを言うには、相当な覚悟が必要だったと思います。
つまり、私が育った家庭は非常に貧しくて、三度の飯にも困るほどでしたが、そんな家庭の母親でさえ、つねに国の事を思え、人様のためになれと言うことを当たり前のように言っていたのです。

お母さんが、まず、しなければならないのは、短兵急に子どもが元気になる特効薬を探すことではありません。
子どもの選択に関して、楽な方へ楽な方へ流れようとしてはいないかと、わが身を振り返ることが肝要です。

「子どもが楽なように」とお母さんが考えることは、わが子のためにはなりません。


「自然に勉強する気になる子の育て方」P26~29より

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前項と、若干ニュアンスは違いますが、要は、親が「よかれ」と思っていることが
逆に子どもを苦しめたり、子どもの本当に為になっていない場合があるということです。

それに親が気付いていないことがあるということを繰り返しおっしゃっているのです。

さらに「自分のため、家のため、そして子どものため」だけを考えるのではなく
「世のため、人のため」とまず親が考えられる人間になるとが肝要なのだと思います。


ここで、私が思うことですが
現在何も問題のないお家の親御さんと、何かしら問題を抱えたお家の親御さんでは
そんなに親の質に差があるのかなと思うのです。
確かに、この大越先生のお話で、私もかなり「痛いところを突かれ」ました。
しかし、ここに出てくるお母さんたちも、日々悩み苦しみ、落ち込んで、さらに藁をも掴もうと勉強されているはずです。

そして、毎日楽しく学校へ通っている友達とどこが違うのか、家庭の雰囲気は、話題は、どこが違うのかと悩んで当然だと思います。

しかし、ひとり自分を責めるだけではいい結果は出そうにありません。
この先生の塾の「親の勉強会」のようなところや、あるいはネットのコミュニティにでも参加して、できるだけ人とかかわっていくことをお勧めします。
そして、このあとの先生の言葉に出てくるのですが、自分の子どもが人並み外れた感性の持ち主で前途有望であると信じて頑張って行きましょう。

そして、自分が世のため人のために何ができるか、一緒に考えてみましょう。