一層輝きを増した満月に夏の星座が霞んでいく。
その空を一瞬仰いだあと、文吾は諦めたような表情で大きく息を吸い込んで俺を見た。
「…いや…ホントは分かってた。なのに…いや、だから、おんなじ高校選んでさ… 何やってんだろうな、俺」
「文吾…?」
「でも、新しい友達や部活に夢中になってるレオを見て、やっぱ俺は離れなきゃ…って」
「な、なんで」
「…俺はレオの友達じゃ、嫌なんだよ」
消え入りそうな声なのに、その言葉はしっかりと俺の胸に刺さった。
「なんだよそれ、どう言う意味だよ」
問いかける俺に文吾は長いまつ毛を伏せる。俺は頭が真っ白になって行く。
「文吾!」
酸欠の脳に空気を送れなくて、喘ぐように彼を呼ぶ。
「…無理して離れて、やっと、やうやく気持ちに整理がつけられそうだったのに、こんな想い出の中にオマエが俺を連れて来たりするから」
文吾も息苦しそうに言葉を紡ぐ。彼の手が俺の頬へ伸びて微かに触れ、再び目が合う。
「文吾…? もう少し分かるように言ってくれよ」
「ごめん… でもレオが悪い」
「意味が…分かんねぇって」
「…オマエのせいだ…」
「文…?」
「もう俺を突き放してくれよ…」
触れていた文吾の手が俺の両頬をしっかりと包み込み、顔がゆっくりと近づく。
「それが出来ないなら、俺の全部、受け入れ…て」
ため息のような声が俺の唇にかかった、その刹那、ドドン!と聞きなれたあの音が響いた。
ギョッとして肩をすくめた時、ウサギの牛車はもう真横に来ていた。そして、
「文吾!」
あっと思う間もなく、牛車から伸ばされたモフモフの白い腕が文吾に巻き付き引き上げた。
「レオ!」
浮き上がり、牛車へ引き込まれて行くレオが俺に手を伸ばす。俺も必死にその手を掴もうするけれど、滑り台の柵に足が引っかかったままで立ち上がれない。
「文吾! クソ!文吾を離せ!」
「レオ…!」
「返せ!!」
叫んでいる間に牛車のウサギは文吾を掴んだまま上昇して行く。
「待て!…ってオイッ」
やっとの思いで立ち上がった俺の身体が斜めにのけぞる。
意味が分からず周りを見渡すと、明かりを灯していた時計灯が白く溶けているのが目に入った。
時計灯だけじゃなく、さっきまでそこにあった遊具が全て、時間が経った綿菓子みたいにひしゃげてドロリと溶け始めていた。
それは俺の乗っていたゾウの滑り台も同様だった。
それだけじゃない。
夏の星座を飾っていた空も、白く、ぼんやりと溶けて行く。
…夜が明ける…
直感でそう悟った。
文吾を乗せた牛車は、溶けて行く空の向こうで輝きを放っている満月へ向かって遠ざかって行く。
「文吾!」
俺は見えなくなって行く彼に手を伸ばして叫んだ。その一方で、頭では冷静になっていた。
大丈夫
だってコレは夢だ
起きたらきっと、それでおしまい
大丈夫
きっと…
つづく
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