9月9日

母が亡くなりました


余命宣告を受けてから、3年もの間、元気に過ごせたと思います。

母は、乳癌になり、手術をして抗がん剤、放射せん、ホルモン剤など治療をしてきました

そんなときに、私の旦那さんが自殺して

母は脳転移してしまった

私の事で、心配させてしまったのが、引き金になってしまったのではないかとずっとずっとどこかで気になっていました。

そんなときの私と言えば、記憶障害がひどくて母を思いやる事もたいして出来ずに自分の事で、精一杯だった。ただひたすらに毎日を自分が生きる事に精一杯だった。

病院に付き添っていた事も途中で投げ出してしまいました。
何度も何度も脳転移を、繰り返し、更には大腸にも転移して、手術して、また何度も脳転移繰り返して、そのたびにガンマナイフして


昨年度末に、ガンマナイフの限界を超えてしまったらしく、入院出来る自宅近くの病院を探す様に言われて、それまのデータと共に普段の経過観察してくる病院に移りました。
でもこれは母の本位では無く、外来に付き添ってもらう私の姉の希望でした

色々あったけど、その病院での担当ドクターは母にとっては良かったようでした。

しかしながら、病院を変わった途端に、積極的治療が無くなったからなのかどうかは今となっては解らないけど、病状的には悪化したように感じます。

入退院を繰り返す事、数ヶ月、担当ドクターから、緩和治療への勧めがあり、入院中に緩和に移りました。
担当ドクターから話があった時に母は
もうそう言う時期なんですか と言いながら涙をうっすら浮かべてた

母は、過去のどんな治療においても、痛みとか副作用とか一切無かったので
それは不思議なくらいてした 
そして、生前の母と言えば、ほんとうに破天荒と言うか、我が儘と言うか(笑)
子どもの私から見ても、好きなように人生を謳歌してたんじゃないかと思う。



でも、あれをしてあげたかった
とか
これを言葉にして伝えたかったとか



色々、苦しいわ。


親不孝だったのかも知れません。


迷惑、かけてないつもり 

だっだけだったのかも



だって、最期、1ヶ月位は、会話は成立していなかった

何か私に言いたいこと
なんにも無かったのかなぁ


悲しい。



ほんとは、だんなさんが死んだアトに私に言った言葉、謝って欲しかった


私はひどい人間性だと、染々