そんなこんなで数年が経過し

世間はバブルがはじけ
同業者も倒産や閉鎖など相次いで厳しい時代になって行ったわけだが、お陰様でそんな時でもうちはまぁまぁの売上を保ってることが出来てたのだけど、
そのうちにじわじわと顧客の相次ぐ倒産等で徐々にではあるが経営が苦しくなり

削るところを削っても
どうにもならなず、借入でしのいだりしていたが

ついには、生活費を入れてくれなくなり…


私は、もしかしてそんな日が来ても一年間は収入0でも預金を崩さずに生活出来るように別予算で蓄えていた
それは、その間に旦那さんに立て直してもらいたかったが為なのだが…


結局、今にして思えばこれがそもそも私の間違えだったのかな汗


なにも 変わらなかった。



一年のつもりが二年もの間



そんな頃、家族ぐるみで親しかった友人のふた家族が相次いで事業に失敗し倒産した

それぞれの友人一家は、
家族で強力しあい、職につき助け合って生きていく選択をし頑張っていた
昨日までの社長と社長婦人、その子供たちが
新しく得た職場では見習いの下働き

苦しく、みじめな気持ちだったでしょう

が、生きていくために
家族の絆を守る為に
死ぬ気で頑張って、働いても働いても、生活は苦しい
だけど、そこには
家族が一丸となって生きてる
幸せ
がある…


そんな折りに、ポツリと呟いた私の旦那さんの言葉



俺は、あんな風にあくせく働くのなんかイヤだ
俺がああなったらその時は死ぬ


ああ、この人、家族を養う為にどんな事をしてでも頑張ろうと言う気持ちは無いんだ…


こんな男



わたし、要らないゎ



そんな思いを抱えてた





じわじわと不況の波に呑まれて
それでも、私がいつも会社に行かないと許してもらえなかった
当時、私の父親が癌になり、手術、入退院を繰返していたのでちょこちょこ父親を見舞っていたのだが…
あまりいい顔をしてもらえなかった


少し私が遅れると、
思いきり機嫌が悪い

怒る 怒鳴る




私のストレス

マックス(」゜□゜)」