気づけばあと1時間ほどで2020年もおしまい滝汗

なんか振り返ってみてみたら山あり谷あり怒涛すぎて

追いついていないんだな。それはきっと私だけじゃなくて

世の中、この世界中みんなそうなのかも。

キリがいい数字のくせになゲロー

 

今年日本にいた期間は3か月だけだけど笑

ここからしばらくは日本にいるんだろうな。どこも受け入れてくれないだろうからチーンチーンチーン

 

2020年、年明けは日本のみんなよりも4時間早くニュージーランドで過ごしました。

North Shoreの家からCityのタワーから打ち上げられた花火をホストファミリーと見て

年を明かしました。でもクリスマスに起きた惨事、足の指にひびが入る事件があったので

不自由な歩行をしながら。そういえば、年越しはCityで過ごさないのかとホストファミリーに言われたけど、この足でどこに行けっていうんだと頭に来た覚えがムキームキー

 

そして1月に学校を卒業。1月末にオークランドでコロナ感染者疑惑の人が確認されたタイミングで、私は意を決して2月1日にクライストチャーチへ。

まさかここが私のニュージーランド生活のゴールになるとは。

これは良かったのか悪かったのか。結果オーライなのかどうなのかデレデレデレデレ

 

2月。人を探しているというバーガー屋にしつこく毎日通いCVを毎回渡しまくる。

タイのマネージャー、マジでイラついていたらしいニヒヒニヒヒ

なかなか連絡がこなくて、当時住んでいたKiwiのおじいちゃんと喧嘩する日々だったなゲロー

でもそのおかげで根負けしたタイマネに面接してもらって、ボスから連絡があり無事に

2月下旬から働くことに。

トライアルは3時間だったけど、無償で+2時間働かせてもらったのが懐かしい。

「給料出ないけどいいの?」と何度聞かれたことか。

『早く仕事覚えたいんです。迷惑でなければまだやらせてください。』

 

3月。コロナが本格的にまずいことになり、一時帰国予定を知っていたオーナーは

「日本に帰ってきたらこの家に戻ってくるな」

と追い出し宣告。飛行機も飛ばなくなることが分かり、4月の兄の結婚式に欠席したくないので

せっかく見つけた職場に退職届を書く羽目に。そして飛行機の変更で25万円くらいはたいたにも関わらず、乗り換えのシンガポールが国境を封鎖ゲッソリゲッソリゲッソリ

帰る手段と仕事を失った瞬間の追い打ち。

家出ていけチーンチーンチーン

ロックダウン前日の宣告に絶望しかなくなった私に手を差し伸べてくれた

優しい現地の仕事仲間、ベンショボーン

友達とエージェントがいるオークランドに戻るか、お世話になった職場があるクライストチャーチに残るか考えた挙句残ることに。

こういう非常時の時にここまで親身になってくれる人が近くにいる安心感もあった。

一緒に家を見学してくれたり、絶望の中ずっと泣いていても慰めてくれた。

冬服を持っていない私に服を貸してくれた。私のことを好きだと言ってくれたショボーンショボーン

 

4月。ロックダウン中ほぼ毎日電話をしてくれた。電話が無理でもチャットに付き合ってくれた。

英語も教えてくれた。教え方がとてもうまくてどんどんこちらも好きになっていったショボーンあせる

 

5月。ボスがクライストチャーチに残っているならと職場に戻ってこないかと誘ってくれた。

職場で一緒に働いて、人目に隠れてラブラブするのが好きだったショボーンショボーン

一つ一つの行動がドキドキして本当に楽しかった。人生初のキャンプもしたし、大泣きした夜も遅い時間まで雨の中、慰めてくれたし、たくさんの時間を一緒に過ごした。すごく楽しくて、たぶんニュージーランド生活で一番幸せだと感じた。

ずっと続かないとわかっていても、一生続いて欲しかった。

 

6月。相手が冷めた。ショックで再起不能になりつつも仕事はあるしシフトは被る。チーンチーン

大人な対応をしようと頑張ったけど、かなり頑張ったと感じているほど本当に好きだったらしいショボーンあせる

 

7月。仕事は順調。もしよかったらワークビザを出すよ。とボスに言ってもらえてたくさん情報を集め、前向きに検討するもワークビザの期間がコロナの影響で1年から半年に縮小され諦める。彼とは友達として繋がっていたいと切り替えられるようになった。

 

8月。職場のコロンビアの子が誕生日を盛大に祝ってくれて、Tekapoでアイススケートをし、温水プールから星空を眺める素敵な旅行に連れて行ってくれた。誕生日はハプニングがあって朝から夜まで(12時間勤務)だったけど、朝にはケーキも準備してくれて、最高な誕生日だったデレデレデレデレ

が、下旬に空き巣に遭い、今までの10年間の思い出が詰まったHDDと古いiPhone、PSP等を盗まれる。ニュージーランド生活後半なのでほとんどの写真はもちろん、ベンやアナの写真や彼や友達との写真がすべて無くなった。本当にしんどかったチーン信じられないし今でも本当に腹立つ。データだけ返せマジムキームキームキー

そんなときも個人的にチャットを送ってくるベン。優しいのか突き放すのかよくわからんえーん

 

9月。泣く泣く帰国。アナと彼が空港まで送ってくれた。辛くしんどかったショボーン

自国とはいえ、開いた口が塞がらないようなコロナ対策ばかりしている日本に帰りたくなかった。

クライストチャーチが私のニュージーランド生活の最後の土地になった。本当はウェリントンにも行きたかったし、フルーツピッキングの仕事もしたかった。

 

でもコロナの状況、職場の温かみが私をクライストチャーチに留まらせた。

それがとっても良かったと思える結果になったと思う。ベンがどれだけ手のひらを返したように冷たくなっても。

12月になってる今でも、好きで大事で、本当に恥ずかしいけど、恋と愛の後者寄りの感情があったのだと本当に思っているし、それは全く後悔していないんだな。

今も気にかかるし、幸せな生活を送ってくれているといいなと心から思うんだな。

 

なんか今年の出来事だとは思えないくらいもりもり。去年の今頃は出逢っていないんだもんね、私のクライストチャーチ生活で関わったみんな。信じられないポーンポーンポーン

 

ニュージーランドに行ったのは、英語を使って仕事をする経験をしたかったからなんだけど

総合的にみるとベンと逢うために行ったみたいなくらい濃い時間だった気がする。

あー、まとめてもまとめてもまとめられないくらい色々出てくる。すべて忘れたくない。忘れなければいいのに。。

 

あー、本当に愛なんだなこれ笑

これから私はどこに向かっていくかわからないけれど、こんな私でも受け入れてくれる相方と

将来を考えながら2021年を過ごしていこうと思います。

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