天と地と、
空と海と、
宇宙と自分がつながる。
こんにちは。
『空』こと 蔵石 恭子です。
カラダ(外側・肉体・見える世界)と
ココロ(内側・心・見えない世界)の統合が
『自分らしく幸せに生きる』ことへの近道。
レイキヒーラー
サトルボディアロマセラピスト
メンタルフィットネストレーナー
カラダを緩めて
ココロの本音をキャッチして
自分らしく生きるお手伝いをします。


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・ホロスコープで自分を知る
・本音と向き合うノートの書き方
・【チャクラ】グラウディングで軸を作る
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どうせなら「資格」をとろう
って思ってきた。
それは
「保有資格」を書かされることが多かったし、
それを基準にした環境の中にいたから
なのかもしれない。
「資格」を取ろうと思えば
とりあえずの目標が出来るから
そこに向かって頑張れる。
もちろん、お金もかかってるし
「元を取りたい」と思う。
(元っていう発想がそもそもおかしいけど
)
だけど、ある時 ふと
そんな自分の姿が
「なんかおかしい」
って感じたときがあった。
資格を取るための勉強をしている真っ最中に
「知識はすごく役に立ったけど
私がやりたいこと、
私が伝えたいこと、
これじゃないな…」
そう感じて
すべての過程を終えて
最後の資格試験を受けなかったことがある
いまでも
何か疑問が湧いたときに
テキストを本棚から取り出して
確認することは結構あります。
知識って
使わないと本当にすぐ忘れるから。
だから
レッスンの中でも
特に季節の変わり目とか、
できるだけ役立つことを
お伝えするようにしています。
(本当は
占星術の「いま」の流れ
もお話したいんだけど
TPOを考えると
なかなかジムのレッスンでは
難しいですね
残念です)
資格がなくても
あのとき学んだ知識は無駄になってないし
自分の身体を理解するための1つだったから
今も必要な時にお伝えすることはある。
むしろ
「資格」を取らなかったからこそ
間違った情報にならないように
ちゃんと伝えたいと思ったりしてる。
で、最近よく感じるのは
資格とか
どこかのセミナー受けたとか
全然関係なく
その知識をすでに自分が持っていたこと
に気づくことが多くなりました。
「それ、知ってるわ」
っていうこと。
それは
自分の「知りたい」という気持ちに従って
本を読んだり
検索したり
いろんな手段で
自分なりの知識にしたこと。
もちろん、
自分の体験が元になっていることが
いちばん多いかもしれない。
「学ぶ」って
教えてもらうこと
だと思ってた。
でもさ、教えてもらう前に
自分で学べる
ってこと、
ずっと忘れてた。
私、スピリチュアルに関しては
ずっとそうやってきた。
誰にも言えなかったから
そして
二十歳の頃に
教えてくれる人なんて
誰もいなかったから。
オタクになって
ひとりで黙々と知りたいこと
調べるようになってたら
いつのまにか知識が増えてた。
でもそれって
学校で教わる
いわゆる「必要」とされるものではないから。
今までお役に立つことはなかったけど。
やっと
この知識がお役に立てる時代が来ましたよ!
奥さん!
諦めないでよかった
話を戻します
受験勉強
という学び方が身についてしまった日本では
本当にやりたいこと
って
どんどんわからなくさせてしまっている
ような気がする。
自分でどうにかして考える
ということではなく、
ある1つの答えを出すことを求めて
それに合わせる
合うようなやり方。
だから
道を外れるとか
違う方からやってみるとか
より
正しさで行動しようとする
ようになってしまう。
そこに合わないと
怒られるから。
違っていることを
否定されるから。
何かを学ぶときに
教えてくれる人が
どんな「資格」を持っているか、
それは何を知っているのかという
基準になって
選択肢の一つの目安になるけど。
「資格」があるからって
それを使いこなしているのか?
本当に理解できているのか?
ちゃんと伝えられているのか?
と言ったら
全ての資格保有者が
そうできているのかは疑問だし。
「ペーパードライバー」と同じ
「持ってるだけ」
という状態になるのも少なくない。
そして
「資格」を基準にする見方、
その価値観も難しい。
資格を発行している側は
たいてい、何かの縛りをつける。
表現の仕方だったり
言ってはいけない、やってはいけないことだったり
その組織が大きくなればなるほど
縛りがキツくなるのは否めない。
これ、企業と一緒だよね。
ルールがどんどん増えていく。
そのベースにあるのは
確かに「お互いのため」
を考えてのことなんだけど
時として
不自由さも増える。
それは
ひとり一人から生まれる
「創造力」とか「発想力」とか
「臨機応変」とか
無限にあるものを
規制してしまうことでもある。
確かにそこには
「守られている」という「安心」
があるのかもしれないけど
「自由」はなくなる。
だからこそ
自分が何を選ぶのか
自分は何をしたいのか
自分はどこに行きたいのか
それは
安心を得たいからなのか
自由になりたいからなのか
そこは
枠の中でやりたいのか
枠の外でやってみたいのか
…ということなのかな
と思います。
うん。
私は無限の可能性の中で
自分は何ができるのか、
自分の心が動くことをやりたいし、
自分で何かを作っていきたい。
「何でもあり」
それは
「人のことを考えない」
わけではなく、
むしろ
「人のために何ができるか」
そのために
自分のできることは何か
自分のできることを
迷わず差し出せるように
日々精進。
いつも
いつまでも
学びながらお伝えしていきたいです。
ライオンズゲートが開きました。
あなたが乗る船、
ちゃんと間違いないですか?
自分の本当の気持ちで
その船に気持ちよく乗れていますか?
違う行き先で
心が迷子にならないように
本当の心の声を聞いてね。
いつもお読み頂きまして
ありがとうございます

