カラダ、動かしてますか?
何か定期的に「運動」してますか?
身体を動かすことは
「健康」を考えたときに必然ですよね。
でもね
「健康」のためはもちろんだけど
それ以前に
生きるためには体力がないと
やりたいことが何もできない。
交通事故の後、
まる2ヶ月仕事を離れて
歩くことしか許されなかったときに
いろんなことを考えました。
というか
今までの生活パターンから離れたことで
時間の使い方も
ものの見方も
いろんな状況が変わったことで
それまでもいろいろ考えて
やってきてはいたけれど
より一層
深く気づかされることになりました。
今日は
「身体を動かす」ことについて
私の想いを書いてみます。
天と地と、
空と海と、
宇宙と自分をつなげる。
こんにちは。
『空』こと 蔵石 恭子です。
カラダ(外側・肉体・見える世界)と
ココロ(内側・心・見えない世界)の統合が
『自分らしく幸せに生きる』ことへの近道。
レイキヒーラー
ヨガニードラサトルボディセラピスト
メンタルボディフィットネストレーナー
カラダを緩めて
ココロの本音をキャッチして
自分らしく生きるお手伝いをします。
・ホロスコープで使命を思い出すセッション
・書くことで自分に気づくワークショップ
始めました!
宇宙の法則
魂の契約書
絶賛体験中
スゴイです
Instagramはこちら
(アメブロ
よりも更新多め)
Facebookはこちら
身体を動かすと…
・痩せる体質になりやすい
・体力がつく
・スタイルがよくなる
・健康になる
(いろいろなマイナスなことがプラスに向く)
などなど
一般的に言われること。
それは見える部分のことですよね。
それも大事。
でも
身体を動かすことって
もっと深くて
「その時の自分に気づく」
これが何よりもの醍醐味なんだと思います。
身体を動かしている時の
・自分の気持ち
辛いとか楽しいとか
・身体の状態
重いとか元気があるとか
その日の
その瞬間の
自分を知ることができる
これ、
生活の流れの中では
なかなか気づけないことです。
時間や忙しさに流されて
どんどん後回しになっていくから。
そして
運動を続けていくことで
過去の自分と
いまの自分の比較ができる
これが
自分のニュートラルや
ベストな状態
はたまた
不調に気づけることに繋がっていきます。
レッスンやセッションで
動いてもらっているとき
「どんな感じがしますか?」
と聞くんですけど
「…わからない」
と言われることがあります。
それがいけないことではなくて。
そうなってしまったのにも
理由があるような気がします。
さっきも書いたように
動くことで
自分のことに気づけるはずなのに
こうしないと⇨こうなる
これをしないと⇨こうなってしまう
これをすれば⇨こうなる
何をするにも
いつも
「正しい答えを求めて、探して」
いるうちに
自分の身体のことを
置いてきぼりにする癖
がついてしまったのかな?と。
違ったらごめんなさいね。
たしかに
「こうすればこうなる」
はあります。
そして
その理由を理解してると
意識が変わります。
だけど
答えはそれひとつじゃない。
そうじゃなくても大丈夫だよ。
あぁぁぁぁぁああ、表現難しいな

画像お借りしました
えっとね、
安心安全はもちろん大切だし
大前提だけど
それよりも
自分の可能性 みつけてみたくないですか?
何が言いたいかって…
人は年齢を重ねれば
羞恥心も
体力も
怪我に対する不安も
いろんなことが以前よりも
感じやすくなります。
人と比べてしまうことや
過去の経験からの
「恐れ」が増えるんです。
それが行動力を狭めます。
「失敗したら恥ずかしい」
「こんな姿、みっともない」
「昔は動けたのにできなくなって情けない」
たとえそれを払拭できたとしても
動くことに慣れてくると
動く範囲(可動域)を
自分で小さくして
なかなかそこから出ようとしない。
「このくらいでいいかな」
って
小さくまとめてる。
安心できる枠を
できるだけ広げてしまう

冒険しなくなる
もう一回言いますけど
それがいけないことなんではないですよ。
安心の枠を広げてその中にいるのに
「やりたいことができない
」
って嘆いてないですか?
いやいや
みなさんの身体
そんなもんじゃないですから
まだまだいけますよ?
これ、言ってもなかなか信じてもらえないんです
しょぼーん
そのとき
「でもね…」
「そんなこと言っても…」
って返事されること ほんとに多いです。
自分の身体を
信じろぉぉお


ほんと、大声で言いたいわ。
ほんの少しだけ
安心の枠を狭めて
その枠からはみ出したとき
今までと違うことが始まりますよ。
枠を超えないと
今までと違う世界にはいけないんだよ。
(これ、ココロも同じことです)
みんなの身体が
みんなに向かって
「信じてくれない
」って泣いてるよ
痛みがあるのもわかります。
症状が辛いときがあるのもわかります。
でも
怖がりすぎてやしませんか?
「間違っていいよ〜」
「できなくってもいいよ〜」
「どうしたいの〜?」
「やってみて
」
運動習慣がない人は
普段の歩く歩幅を2cm大きくしてみる。
とか
おへそを1cm高くして生活してみる。
とか
荷物がないときは腕を振って歩いてみる。
とか
できることから
今までと違うことをプラスしてみてね。
今までの自分の過去の記憶の中
慣れ親しんだ感覚の中だけで
身体を動かすのではなく
「いまの自分」がどうなのか
その感覚を
その都度
どんどん上書きして
アップロードしていってほしいな。
無茶をするということではなく
我慢をしてまでもやるということではなく
そして
動きたいことが抑えきれなくて
動かないと不安だから
痛いのに
何かおかしいのに
ごまかして動いてもいいんだ!
とも違うよ
身体を動かして
「いまの自分に気づく」
↑ この傍線のところ
いろんな言い方に置き換えられます。
気づく、
知る、
理解する、
向き合う、
見る、
振り返る、
観察する、
俯瞰する、
内省する、
…
あなたがいちばんしっくりくる言葉で
読んでみてください。
本来、身体は
自分がしたいように
動いてくれようとします。
初めてのことをやるのに
それなりに時間がかかるのは
運動だけではないですよね。
いつだって
なんだって
「こうするとどうなるのかな?」
の連続だと思います。
トレーナーやインストラクターは
運動のやり方を教えてくれるプロなので
「それは危ない!」
というボーダーラインも知っています。
そして
無茶もさせないはずだし
危険を感じたら止めてくれるはずです。
だから
そういう人がついている時は
安心して
思い切って
自分の身体の声を聞きながら
たくさん
大きく動いてみてください。
きっと
今までよりもたくさん
いろんな情報を
あなたの身体が教えたくれるはずです。
ちなみに
私の最近のマイブームは
そこに「気持ち」を乗せること
気持ちってエネルギーなので
どんどん波動上がるよね
楽しい
フフフ
いつもお読み頂きまして
ありがとうございます

何か定期的に「運動」してますか?
身体を動かすことは
「健康」を考えたときに必然ですよね。
でもね
「健康」のためはもちろんだけど
それ以前に
生きるためには体力がないと
やりたいことが何もできない。
交通事故の後、
まる2ヶ月仕事を離れて
歩くことしか許されなかったときに
いろんなことを考えました。
というか
今までの生活パターンから離れたことで
時間の使い方も
ものの見方も
いろんな状況が変わったことで
それまでもいろいろ考えて
やってきてはいたけれど
より一層
深く気づかされることになりました。
今日は
「身体を動かす」ことについて
私の想いを書いてみます。
天と地と、
空と海と、
宇宙と自分をつなげる。
こんにちは。
『空』こと 蔵石 恭子です。
カラダ(外側・肉体・見える世界)と
ココロ(内側・心・見えない世界)の統合が
『自分らしく幸せに生きる』ことへの近道。
カラダを緩めて
ココロの本音をキャッチして
自分らしく生きるお手伝いをします。
・ホロスコープで使命を思い出すセッション
・書くことで自分に気づくワークショップ
始めました!
宇宙の法則
絶賛体験中
Instagramはこちら
(アメブロ
Facebookはこちら
身体を動かすと…
・痩せる体質になりやすい
・体力がつく
・スタイルがよくなる
・健康になる
(いろいろなマイナスなことがプラスに向く)
などなど
一般的に言われること。
それは見える部分のことですよね。
それも大事。
でも
身体を動かすことって
もっと深くて
「その時の自分に気づく」
これが何よりもの醍醐味なんだと思います。
身体を動かしている時の
・自分の気持ち
・身体の状態
その日の
その瞬間の
自分を知ることができる
これ、
生活の流れの中では
なかなか気づけないことです。
時間や忙しさに流されて
どんどん後回しになっていくから。
そして
運動を続けていくことで
過去の自分と
いまの自分の比較ができる
これが
自分のニュートラルや
ベストな状態
はたまた
不調に気づけることに繋がっていきます。
レッスンやセッションで
動いてもらっているとき
「どんな感じがしますか?」
と聞くんですけど
「…わからない」
と言われることがあります。
それがいけないことではなくて。
そうなってしまったのにも
理由があるような気がします。
さっきも書いたように
動くことで
自分のことに気づけるはずなのに
こうしないと⇨こうなる
これをしないと⇨こうなってしまう
これをすれば⇨こうなる
何をするにも
いつも
「正しい答えを求めて、探して」
いるうちに
自分の身体のことを
置いてきぼりにする癖
がついてしまったのかな?と。
違ったらごめんなさいね。
たしかに
「こうすればこうなる」
はあります。
そして
その理由を理解してると
意識が変わります。
だけど
答えはそれひとつじゃない。
そうじゃなくても大丈夫だよ。
あぁぁぁぁぁああ、表現難しいな

画像お借りしました
えっとね、
安心安全はもちろん大切だし
大前提だけど
それよりも
自分の可能性 みつけてみたくないですか?
何が言いたいかって…
人は年齢を重ねれば
羞恥心も
体力も
怪我に対する不安も
いろんなことが以前よりも
感じやすくなります。
人と比べてしまうことや
過去の経験からの
「恐れ」が増えるんです。
それが行動力を狭めます。
「失敗したら恥ずかしい」
「こんな姿、みっともない」
「昔は動けたのにできなくなって情けない」
たとえそれを払拭できたとしても
動くことに慣れてくると
動く範囲(可動域)を
自分で小さくして
なかなかそこから出ようとしない。
「このくらいでいいかな」
って
小さくまとめてる。
安心できる枠を
できるだけ広げてしまう
冒険しなくなる
もう一回言いますけど
それがいけないことなんではないですよ。
安心の枠を広げてその中にいるのに
「やりたいことができない
って嘆いてないですか?
いやいや
みなさんの身体
そんなもんじゃないですから
まだまだいけますよ?
そのとき
「でもね…」
「そんなこと言っても…」
って返事されること ほんとに多いです。
自分の身体を
信じろぉぉお
ほんと、大声で言いたいわ。
ほんの少しだけ
安心の枠を狭めて
その枠からはみ出したとき
今までと違うことが始まりますよ。
枠を超えないと
今までと違う世界にはいけないんだよ。
(これ、ココロも同じことです)
みんなの身体が
みんなに向かって
「信じてくれない
痛みがあるのもわかります。
症状が辛いときがあるのもわかります。
でも
怖がりすぎてやしませんか?
「間違っていいよ〜」
「できなくってもいいよ〜」
「どうしたいの〜?」
「やってみて
運動習慣がない人は
普段の歩く歩幅を2cm大きくしてみる。
とか
おへそを1cm高くして生活してみる。
とか
荷物がないときは腕を振って歩いてみる。
とか
できることから
今までと違うことをプラスしてみてね。
今までの自分の過去の記憶の中
慣れ親しんだ感覚の中だけで
身体を動かすのではなく
「いまの自分」がどうなのか
その感覚を
その都度
どんどん上書きして
アップロードしていってほしいな。
無茶をするということではなく
我慢をしてまでもやるということではなく
そして
動きたいことが抑えきれなくて
動かないと不安だから
痛いのに
何かおかしいのに
ごまかして動いてもいいんだ!
とも違うよ
身体を動かして
「いまの自分に気づく」
↑ この傍線のところ
いろんな言い方に置き換えられます。
気づく、
知る、
理解する、
向き合う、
見る、
振り返る、
観察する、
俯瞰する、
内省する、
…
あなたがいちばんしっくりくる言葉で
読んでみてください。
本来、身体は
自分がしたいように
動いてくれようとします。
初めてのことをやるのに
それなりに時間がかかるのは
運動だけではないですよね。
いつだって
なんだって
「こうするとどうなるのかな?」
の連続だと思います。
トレーナーやインストラクターは
運動のやり方を教えてくれるプロなので
「それは危ない!」
というボーダーラインも知っています。
そして
無茶もさせないはずだし
危険を感じたら止めてくれるはずです。
だから
そういう人がついている時は
安心して
思い切って
自分の身体の声を聞きながら
たくさん
大きく動いてみてください。
きっと
今までよりもたくさん
いろんな情報を
あなたの身体が教えたくれるはずです。
ちなみに
私の最近のマイブームは
そこに「気持ち」を乗せること
気持ちってエネルギーなので
どんどん波動上がるよね
楽しい
いつもお読み頂きまして
ありがとうございます