私の大好きな加藤剛さんが亡くなった。
私にとって加藤剛さんは大岡様。
大岡様は加藤剛さんだった。

剛さんとの出会いがいつだったのか、いつから剛さんを好きになったのかは定かではない。

2歳から14歳まで母方の祖母も一緒に暮らしていた。
狭い借家だったが一戸建てで、二階が祖母の部屋のようになっていたので、二階のテレビはいつも祖母の好きな時代劇が写されていた。
なので、二階にいる時は観たくなくても必然的に時代劇が目に入ってくる。
不思議なもので観る気はなくても観ているうちに結構面白くなってくるものである。

「水戸黄門」は子供でも知っているくらい有名だったが「大岡越前」はそれほどでもなかった。
しかし、祖母と観ているうちに私の魂が反応したのだろう。
いつしか大岡越前守忠相を演じる加藤剛さんに惹かれていった。
私が女優だったら「大岡越前」の町娘役で出演したいとさえ思った。

悪者に絡まれている私のもとへ身分を隠した大岡様が颯爽と現れ、悪者をバッサバッサと斬り倒しくれる。
その後白州のお裁きで再会し、ハッ、あのお方はあの時の…!
驚く私に大岡様は優しく微笑み「以前会うた事を覚えておるか」と一言。
「は、はい! あの時のご恩は一度たりとも忘れた事などございません」と私。
そんな妄想を語っては母に「またこの子はバカな事を言って…」と呆れられたものである。

平成9年の2月、ひょんな事から明治座で舞台版の「大岡越前」が上演される事を知った。
その頃は氷室京介ワールドにはまりまくっていた時期で大岡様からはかなり遠ざかっていたが、舞台と言う事は生の大岡様に会えるわけである。
ちょっと会ってみたいかもと思い、軽い気持ちで観に行って衝撃を受けた。
大岡様が舞台に立った瞬間にその場の空気が変わったのだ。
ものすごいオーラで、後光が差しているようにさえ見えた。
その瞬間、忘れてかけていた大岡様への想いが再び蘇った。
やはり大岡様はカッコいい。
あまりにも感動したので剛さんのサイン入りのエッセイ本も劇場で買ってしまった。
そして、その本を読んでますます剛さんが好きになった。
嬉しい事に剛さんも猫をこよなく愛していた。
私にとって犬より猫が好きと言う男性はよりポイントが高くなる。
猫が好きで甘いものが好きでお酒が飲めないなんて聞いたらかなり好感度アップである。
剛さんが甘いものが好きかどうかはわからないが、猫が好きでお酒を飲まない事はわかっているのでやはり私の理想の男性である事は間違いない。

話がそれてしまったが、初めて生大岡様を観た翌年の12月にもまた「大岡越前」の舞台があり観に行った。
その後日本橋三越劇場に森鴎外原作の「舞姫」も観に行ったし、県民共済ホールに「コルチャック先生」も観に行った。
当時県民共済のシネマクラブの会員になっていたのだが、チケット予約の電話をした際何気なく剛さんの大ファンなので公演に行けて嬉しいみたいな会話をしたら「いいお席をご用意出来ますが、一番前のお席なんていかがですか?」と言われびっくり。
お礼を言ってその席を取っていただいたのだが、当日席についてさらにびっくり。なんと、一番前のど真ん中だったのだ。
これには参ってしまった。
普通の人だったら大喜びするところなのだろうが、私は喜びより困惑の方が大きかった。
こう見えて私は極度の緊張症なのだ。
一番前と言っても端の方だと思っていたのにまさかこんなど真ん中とは思ってもいなかった。
ステージは目と鼻の先で、出演者の方々からも間違いなく丸見えである。
しかも朗読劇だったので、動きがあまりなく、普通のお芝居の時より出演者の方々もより観客席が目に入るに違いない。
剛さんに失礼粗相のないようにと背筋をピンと伸ばし、脚もきちんと揃え(一番前なので脚も丸見え)緊張したまま観劇を続けた結果、公演に集中する事も出来ず、内容もまったく覚えていない。
あまり席が良過ぎるのも考えものだ。

それからしばらくの間剛さんの舞台は観に行っていなかったが、8年前の6月に最後の「大岡越前」の舞台「卯の花の咲くとき」が三越劇場で上演されると知り、これで大岡様も見納めかと観に行き、私にとっては大岡様の見納めが剛さんの見納めともなってしまった。
とても感動的な素晴らしい公演だった。
 
剛さんの長男で俳優の夏原 諒さんはこうコメントされていた。
 「人の痛みがわかる人間になりなさい。他人の為に涙を流せる人になりなさい。そうすれば世の中に戦争という愚かなものは無くなるから。普段躾めいたことをほとんど言わない父が、私が幼い頃から言っていたのはそれだけだった気がします」と生前の剛さんの言葉を回想されていたそうだ。
また、「誰に対しても平等に優しい父。いつもあの優しい笑顔で、周りにいる人たちもいつのまにかみんな笑顔になっているそういう人でした」ともおっしゃっていた。

正しい心を持った優しい人。
剛さんは、まさに剛さんが演じた大岡様そのものだったように思える。
私にとって大岡越前守忠相は、今も昔もこれからも剛さんだけである。

私のプライベートの名刺に書かれている好きな言葉は大岡越前守忠相の「松が枝の 直ぐなる心 保ちたし 柳の糸の なべて世の中」である。
世の中の多くの人が柳のように流されて生きているが、私は松のように揺らぐことのない心を持って、生きていたい。

大岡越前守忠相も剛さんも、そして図々しいかもしれないがこの私も、どこか似ているように思えて仕方ない。

加藤 剛さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
(2018年7月11日)