出張先で缶詰になって仕事していた。
お腹減ったなぁと思っていたら時計の針はお昼を指していた。
何か美味しいものでも食べよう
そう決め込んでフラフラと散策してみたんだけど
これといって良いお店が見当たらない。
こんなことなら誰かに薦めてもらうんだったと思いつつ
そんなんしたらご一緒にってことになるだろうから
生来ヒトと食事するのがそんなに好きでない私は
こうして飢えた体でフラフラする以外になかった。

こうやって街を歩くと
色んなお店があるものだ。
行列できているお店は評判なのだろうか。
同じような系統のお店だけど
こっちが閑散としているのは何かいわくつき?
そんなこんなしてキョロキョロしていたら
何だか胃痛が起きてきた。
イタタタ。
元々最近胃腸壊しているわけだけど
不思議なことに
普段は平気なんだけど
いざ食事をしようとするといつもこのパターン。
次第次第に胃もたれも感じ始めて。
うぅ
この分だと今日は昼ご飯抜いた方が良さそうだなぁ。
徐々に胃が辛くなってきたので
目に付いたベンチで腰を下ろした。
やれやれ。
それにしてもこの時間のこの場所
こんなにみんな集って食事しているんだぁ。
辺りは焼け出されたヒト達のように
みんなコンビニ弁当などを広げて食事している。
たまの梅雨の合間
とっても気温は暑いんだけど
青空の下の食事は気持ちイイもんね。
ホントは排気ガスまみれなのかもしんないけど
それでも何だか気持ち良かったりするよね。
シャンゼリゼ通りのカフェに居座るパリジェンヌの気持ちが分かる気がする。

タバコ取り出して一服。
メンソールが今日の青空には良く似合う。
雲が走っている。
上空風が強いのかな。
台風が来ているのかな。
それにしても好い天気だったりするけど。
午後からも仕事山積みだなぁ。
今日も帰り遅くなっちゃうかなぁ。
青空が急に夜空に変わった気がした。

しばらくしたら気分が落ち着いたのか
胃の痛みがなくなってきた。
でも今日はお昼抜いた方が無難だな。
独りハンスト決め込むぞ。
今日は絶対早く帰るって。
ちょっとまだ昼休み終えるには早いし
本屋さんにでも寄って行こう
そう思ってそちらに歩いて行くと
とあるケーキ屋さんが視界に入った。
あっ
知ってる知ってるこのお店。
こんなところにあったんだぁ。
中も空いているようだし
私はなんにも考えずにお店に入った。

“いらっしゃいませ”
お昼だろうがなんだろうが私はケーキセットを頼んだ。
お茶はアイスレモンティーで。
しばらくしてケーキとお茶がサーブされた。
美味しそうだ。
でもそのときに
やはり
胃がキリキリと痛み始めた。
イタタタ
そうだったそうだった。
私はすっかり胃のことを忘れていた。
痛い
けどなぁ
前から食べたかったんだ
これ。
私は胃が痛むんだけど
頻りに胃に
“痛くないよ~痛くないよ~”
と言い聞かせるようにして
ケーキにフォークを入れた。
パク。
あぁ~。

そんなに美味しくないでやんの。。。

蒼い空に誘われてカメラを手に出掛けた。
景色が私を呼んでいた
なんて台詞言うほど自己陶酔する人間じゃないけど
何となくいい絵を撮りたくなった。

元々昔からカメラするのは趣味なんだ。
学生時代
友達に影響されて少し齧ってから
その内に10万円ぐらいはたいて一眼レフを買い
狂ったように写真撮りまくっていた。
その頃は京都に住んでいたから
絵に困らなかった。
絵に困らなかったというより
景色が私を呼んでいたって言うか。(笑)

でも
東京に来てからというもの
すっかりカメラは手にしなくなって
手にする時というのは
何処かに行く時ぐらいで
東京をモチーフにして撮ったこと
多分ないんじゃないかな。
東京が絵にならないとは言わないんだけど
私の心に引っ掛かりそうな絵がないんだ
何となく。

でも今日の蒼い空は何か久々に絵を撮る気にさせた。
ただ白い街を撮る気にはならなかった。
やっぱりこの蒼い空には似合わない気がして。
少し季節早いけど海に行くことにした。
やっぱり蒼い空には蒼い海が似合う。
白い砂浜があれば猶のこと。
コントラストは最高だよね。
それにこの季節なら
有象無象の小汚い輩が居なくって
純粋に綺麗な絵が撮れそうだし。

クルマを走らす海岸線
心ははやれるけど
なんだかも一つ心に響かない。
更にクルマを走らす海岸線
その内に段々視界が開ける気がしてきて
しばらくすると波音がクルマの中まで響く気がしてきた。
これだこれだ。
私はクルマを止めて
広い海岸線に出た。

イイじゃんイイじゃん。
今日の気分はこれだよ。
ファインダー越しに景色を眺めてみた。
あれ?何だかしまらない。
あまりにも心に響いたこの景色は
絵にするにはあまりにも単調過ぎた。
なんだか気分はミスマッチ。
こんなに素敵な景色
でも絵にするとこんなに陳腐なんだ。
これを後で見ても陳腐な気分に襲われちゃって
今のこの気分を残せないんだろうな。
私は目の前の景色を胸ん中に撮ることにした。

だめだよねカメラは。
心まで撮れないから。
きっと
感動する景色ってのは
目で見るものであって
絵で見るものじゃないからなんだね。
私はカメラをケースに収めて
砂浜に寝転がった。

喧嘩して頭に来たから外出した。
憂さ晴らしにウィンドウショッピング繰り広げていたら
すっかり喉がカラカラになってしまった。
何処ぞのカフェにでも入ろうと思ったら
ティーサロンが目についたから
そこでお茶とケーキをした。

ケーキには高いダージリンがよく合う。
少しコクのある感じが舌にマッチする。
安物にある苦味は下品でダメだ。
紅茶をそれだけで飲むなら
フレーバーティーも華やかで良いんだけど
甘いケーキにはフレーバーが邪魔をする。
甘えたがりの女には甘えん坊の男が似合わない。
それと同じようなもの。
違うか?(笑)

店内はシックで落ち着く。
お茶は優雅に味わいたい。
そういえばカフェは外向きで飲む気がする。
窓際で外眺めながら丸イスで紅茶は頂けない。
せめてテーブル席で二人掛けで
おしゃべりなどしながらでなくてはイケナイ。
BGMにアヤヤではイケナイ。
スノッブだけどクラッシックが良い。
ヘビメタはダメだ。
許される訳がない。

お洒落にする必要もない。
だけど下品なのはダメだ。
ガキなのも頂けない。
会話も質を選ぶ。
世間話なんてして欲しくない。
痴話喧嘩などもってのほかだ。

だから仲直りにはティーサロンはもってこいだ。
心に余裕が出来て相手を許す気になれる。
別れ話にももってこいだ。
言葉を選ぶからヤンワリ別れることが出来る。
相手も紳士淑女然として承諾しなくてはいけない。
涙流すのも不謹慎だ。
追いかけるなんてもってのほかだ。
全て儀式に則るようにして進められなければいけない。

だから仲が悪くなった時に
ティーサロンで待ち合わせしたら覚悟を決めなければいけない。
戦に敗れた武士のように
白装束で臨むつもりで来なければならない。

私はふと携帯を取り出してメールした。
“話したいからこの前教えた店に来て”

少し机上が散らかっていたので整理していた。
本立ての本も並べ直して
引き出しの整理もしていたら
タロットカードが出てきた。
懐かしいんだ。
高校生の頃や大学生の頃によくやっていたっけ。
当たるって
クラスの子から割りと受けが良かったもんだっけ。
でも
タロットって
必ずしもカードを読むだけじゃなくって
人を読むものだから
結構当たっちゃうんだよね。
カード一つ一つの意味も
幾つかの解釈が出来るから
結構あたっちゃうんだよね。
でも
それは多分
タロットに限らず
占いって奴全般的に言えるのかもしれないけど。
占いは
人を占うじゃなくって
人の裏読むんだったりして。

折角だから
久しぶりにタロットやってみた。
気持ちを落ち着かせて
思いを込めながら
カードを混ぜ混ぜして配る。
過去
現在
未来
ふむふむ。
当たっている当たっている。

将来は?
ん?
待てよ。
ここで来て欲しいのは
恋人?
太陽?
でも蓋開けたら塔だったりして。
私は自分の精神状態を占った。
ここで出たカードによって私は今日どういう気分になるだろう。
悩んでいる内に携帯が鳴った。
呼び出しをかっ食らっちゃった。
私はタロットのことなど忘れて急いで出掛けた。

夜遅く家に帰ってきた。
机に座ると
そこにはタロットが放置されたまんまだった。
いっけない
また散らかしちゃった。
あっそうか。
私は最後のカードを開き忘れていたことに気付いた。
私は最後のカードを開いてみた。
ふむ。
カードを読んでみた。
うん
今日1日当たっていた
かな?

私のタロットはいつも当たるんだ。


少し体調が悪かったので
仕事もソコソコにして
家でユッタリした時間を過ごしていた。
こんな時ぐらい早く寝れば良いんだろうけど
日頃の夜更かし癖がついてしまって
そうそう寝につくこともできず
お酒片手にツマラナイTVなど見ていた。
時計の針がグルリと弧を描いて
更に秒針がカチカチと急かすもんだから
流石にそろそろ寝ないと明日に響くかなって思い
ベッドに入ることにした。

ベッドに入って嫌な予感がした。
どうも眠気が来ていないのを感じた。
床に就いた瞬間に
今日寝つきが良いか悪いかがすぐに判る。
目を瞑った瞬間
頭ん中が妙にクリアな感じがするとき
この日はまず眠れない。
しまったなぁ
下手にお酒飲んじゃったから却って目が覚めちゃったや。
大体この分だと2時間は確実に眠れない。
明日は朝から会議で
そんなことでは寝落ちするのが必死。
ヤバイなぁ~早く寝ないと。
でも
こういうときはそうした焦りが却って逆効果。
焦っている内に明日の準備のことなど思い巡らしてしまい
不安が更に目をランラン♪とさせたりして。
やっば~い。
このままだと徹夜ペースかなぁ?

でも
どうせ寝れないなら
こんなウダウダしている時間が勿体無いや。
日頃から倹約家の私は
何よりも時間の無駄遣いが嫌い。
長生きするタイプじゃないんだ。
私は深夜煌煌と電気を照らして
パソコンに向かって仕事をすることにした。

不思議とこんな日に限って頭は冴えまくっていて
キーボード叩くそばから考えが沸いて
新しいファイルが積み重なっていった。
深夜書くラブレターは想いが募って危険とはいうけど
深夜する仕事は思いが整理できて冴えるのかもしれない。
途中軽い睡魔がやってきたので
メンソールに火を点けてふかしながら夜更かしを続けた。

ふと大嫌いなカラスの声が耳に入ってきた。
窓の外がほんのり明るくなってきた。
時計を見れば
さっきバイザイをしていた筈の針たちが
疲れたかのように両腕を下ろしている。
やっばぁ。
マジで徹夜になっちゃう。
私は急いでベッドに潜り込んだ。
会議で完全に寝落ちかなぁ。
そんなことを不安に感じていると
何だか目が冴えて寝つけなかった。
あ~
こんなんなら仕事しよっかなぁ。
でもなぁ。
何て悪循環なんだろう。

倹約家の私はつくづく思った。
人間寝ないで済んだら
人生もっと一杯いろんなことが出来るのに。
何で人間は寝なきゃイケナイんだろう。
もしも売れることなら
誰かに睡眠時間売りたいよ。

電車に乗ってボンヤリしてたとき
昔好きだった人のことをふと思い出した。
あっ懐かしい
自分でもそう思えるほど久々の登場。
そういえば今頃どこで何してるんだろう。
何となく
風の噂では所在も知らないではないんだけど
結婚したとかまでは知っているけど。

人間は冷たいよね。
思えば昔
本当に好きだった頃は
忘れた時など片時もなくって
一緒に遊んでいる時も
別々に遊びに行っている時も
忘れた時など片時もなくって
身も心も
どんなに離れていると思う時でも
それでもすぐ隣に居る気がしていたけど
忘れる瞬間などある訳がない気がしていたけど
今こうして久しぶりに思い出したりなんかしている。

思い出すってことは
忘れていたってことで
忘れることがなければ
思い出すことなんてない筈だよね。
あの頃の私は
アナタのことを思い出すことなんてなかった。
いつも絶え間なくアナタのことを感じていたから。

人間は冷たいよね。
今度またアナタのことを思い出すのはいつのことだろうね。
忘れることなんてなければ
思い出すことはないんだとして
今の私は
きっと
アナタを再び思い出すに違いないよ。
これから何度も思い出すと思うよ。
だけど
それは10年後かもしれないし
もっと先かもしれないし。
あんなに好きだったんだけどね
きっとまた思い出すよ。

人間は冷たいよね。
でも
こうしてアナタを思い出してる瞬間
少し心はあったかいよ。

今日は朝から体調悪。
前を向くこともウザッたく
後ろを向く気力もない。
人間やはり健康が一番。
体調悪になった時に限って
その言葉が身に染みます。
人間
どうして日頃から戒めれないんだろうね。
でも
そんなことが出来てれば私は聖人君子かな。
そんなことが出来やしない私は
今日も蝶よ花よと暮らしている。
幸せなことこの上ない。

それにしても
どうして体調って悪くなるのかな。
悪くなっても良いんだけど
辛さを感じさせなければイイのにな。
仮に
どんなに体を蝕んでいたって全然気づかずに居て
ある瞬間にぷつっと消え去るような。
それはとても寂しいことに思うけど
それで別に悲しいとも思わないよ。
だって
苦痛に耐えるのは苦手なんだ。
別に
幸せが欲しいとまで思わないけど
あえて
苦痛に耐えたいとまで思わないよ。

私はとんだ甘えん坊。
辛いの
苦しいの
大嫌い。
そんなヤワでどうすんだ
って言われそうだけど
イイでしょう
別に。
素直でしょう?

運が悪いの
不幸になるの
大嫌い。
そんな都合よく行くもんか
って言われそうだけど
イイでしょう
別に。
普通でしょう?

後輩から食事に誘われた。
人付き合いがあんまり得意ではない私は
誘われるのは得意じゃないんだけど
お誘いは断らない主義なもんだから
何気に一緒に付き合った。
普通の由無しごと話していて
このまま普通に食事して終わるのかなと思っていたら
案の定
相談事を持ちかけられた。

ヒトの悪い私は
いつもヒトの相談には乗らないようにしている。
だって
私は自分のことで手一杯。
他人のことに相談に乗れるほどの器量もない。
よく
“悩みがあったら聞いてあげるよ”
なんて
毛髪診断みたいにシャシャリ出てくる人も居るけど
あいにく私は
他人のことに相談に乗れるほどの器量もない。
だから
なるべく相談は他人にお願いしたいと思っている。
でも
先に持ちかけられたら逃げ辛い。
初めから誘いを断れば良かったんだろうなぁ。

持ちかけられた相談事といえば
どうやったらそんなに強くなれるのか?
だってさ。
知らないよ
そんなこと。
どうも私を強い人間と思っているらしい。
私は別に強いヒトでもなんでもない。
ただ
好きなモノと嫌いなモノが多いだけだよ。
どうやったら強く生きれるかなんて分かれば
私も強く生きられるよ。
わかんないから
毎日のようにもがいているんじゃん。
でも
そんなに強く突き放せるほどの勇気を持たない私は
それなりに親身に話に乗ってあげてみた。
なんて意志が弱いんだろう>自分。

何だかとっても疲れて食事の席を後にした。

世の中さぁ
そんなに強く生きている人なんて居ないと思うよ
きっと。
強く見える友達も
強く見える先輩も親も兄弟も
強く見える偉人だって
みんなそんなに強く生きちゃいないよ
きっと。
みんな迷い悩んで後悔して
そして中途半端な結果しか残せなかったりするんだけど
端から見ていると強く生きたように見えるだけだよ。
いつも過去は美しいから。
私なんか弱さの固まりみたいな存在だし。
何事にも煩悶憂慮せずに生きてみたいものだよ。

私も誰かに質問してみたいし
私も誰かにすがってみたいし。
でも
友人の居ない私には
そんな相談する相手も居ないし。

歩きながら私は星空を見上げてみた。
一つだけ星が頭上に輝いていた。

強く生きているように見えるとしたら
それは
私が孤独なだけなんだよ。
上品なイメージのあるこの路線の電車に乗る女性達は
何処かやっぱり小奇麗な格好している印象がある。
きっと
そんなのは単なる思い込みで
きっとそんなことは無いんだと思うけど。
だって
所詮電車通勤しているような身分なんだから。
もっとも
所得と小奇麗さとは別に比例するもんじゃないから
ひょっとしたら
小奇麗さに自信のある女性達が
わざわざ迂回してこの路線に乗っているのかもしれない。
きっとそうに違いない。
友達に吹き込んでみよう。
きっと誰も信じないね。

小奇麗な女性の多いこの路線の電車に乗る女性達の中に
たまに際立って派手な女性が乗っていることもある。
きっと
彼女も噂を聞きつけて
わざわざ迂回して乗ってきているに違いない。
終着駅でみんな一斉に下車すると
彼女と私も下車した。
3歩前を歩く彼女の後ろをつくように歩く私は
ふと
彼女の背中を見るハメになって驚いた。
こんな季節こんな朝早くに
広く
肩甲骨の下の辺りまであいた服を着ていた彼女の背中は
結構肌が汚かった。
アナタ白人?
と問い掛けてみたくなるほど
太陽に弱そうな彼女の肌は
何でそれなのにそんなに露出しちゃうの?
と問い掛けてみたくなるほど
太陽に弱そうな肌をしていた。

ねぇねぇ
なんでなんで?
鏡で見てないの?
それとも
この格好を無理強いさせる誰かが居るの?

私が胸の中で問い掛ける以上
彼女からは何の返答も得られなかった。
でも
声に出して問い掛けてみても
きっと
彼女からは何の返答も得られないだろうな。

私は改めて全身を眺めて見た。
惜しいよね
彼女。
ほかのパーツは優れものなのにね。
画竜点睛を欠く
というか
ただ一つ
アナタのその背中だけがイケナイのよね。

私はふと
自分の背中が気になった。
勿論露出している訳のない私の背中だけど
この背中には何が映っているのだろう。

朝だというのに
既に蒸し暑くもある今日の気温のせいか
前を歩く彼女の背中に
一筋の汗が流れているのが目に入った。
私にはそれが
汗なんかじゃなくって
彼女の涙に見えた。


苦しくってしんどくって
もう逃げ出しちゃいたいとき
もう死んでしまいたいとき
そんなことってよくあるもの。
いい加減大人になればそんなことの一つや二つ
何にも動じることなく泰然自若となれるものかと
心のどこかで思ったりしていたけど
案外いつまで経ってもそんなことはなくって。
どうやら“大人”って意味は
ただ「大きな人」って意味だったみたいで。
あっそうか。
きっと“大人”って意味は
悩みが「大きなヒト」って意味なんだろうね。

でも
辛いことを耐えて耐えて
突破出来た時には
きっとヒトは
耐えた分だけ
ひと回り大きな人間になれるんだよね
きっと。
高い壁を越えた分だけ
高い所から物事を見れるようになれるから。

でも
生きることの意味を問う
この人生って道は
実はいつも登り坂で
途中途中で過ぎた道を見下ろすことはできるけど
いつも遠い先には山が険しく聳えているばかりで。
そのことを実感すると
もう登ることをやめたくなっちゃうから
いつも足元ばかりを見つめて生きているばかりで。
でも
たとえ足元しか見ていないとしても
この登坂を一歩一歩登るしかないんだし。
そういう定めを背負って生まれてきているんだし。
何てツラい業を持って生まれてきたんだろうね。

いっそ動物に生まれれば良かったかな。
そんな悩みも抱かずに居て。
それとも
動物でも悩んでいたりして。
しかも
実は私の前世は動物だったりして
“今度生まれ変わるなら何にも悩まない
 あの人間って生き物に生まれたい”
そう思ってこの世に生まれついたんだったりして。
そんなこと思ってたら
何だか悩みを持つのが馬鹿らしくなってきちゃった。

やっぱそうだね。
ヒトってきっと
悩んで悩んで大きくなるんだから。
悩むことをツラく思っちゃいけないんだよね。
後から思えば
どんなツラい出来事も
どんな苦しい出来事も
きっと
必ず
良い想い出になるはずだから。
ツラい時
苦しい時
それは良い想い出作りのためだって考えて頑張ろう。
そう思えば
少々の困難も立ち向かえれそうな気がするじゃん。

よぅし
元気出して頑張ろう。
きっと私は
想い出作りの名人だから。