【二次】何物語「いずもスパイダー」~化物語異聞~其ノ伍【創作】 | リュウセイグン

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「山女蜘蛛」
 忍野はそう言った。
 蜘蛛の怪異、それを予感した僕は、出雲さんから事情を聞き出した。
 何かに縋りたかったのだろう、彼女は訥々と、だが着実に経過を語ってくれた。
 彼女の、最初の主人が亡くなったのは、僕が中学二年の春。
 婿入りだったので、瀬古口、という姓は依然として変わらなかったそうだ。
 そして初めて逢ったのがその夏だ。
 病気だったらしい。結婚する以前から既に病に冒されていて、ある意味では仕方のない事だったと、彼女は言った。
 次の主人と結婚したのが、その一年後。僕が中学三年の頃だ。
 相手の熱心な態度と、出雲さんは名家の一人娘だと言う事もあり、周りの勧めにも折れ、半ば強引な状態で結婚した。
 とは言え、別に悪い相手ではなかったらしく、特に苦労もしなかったそうだ。むしろ優しかったらしい。
 だが、彼も一年余りで不幸に遭う。
 飛行機事故に巻き込まれて、死亡。
 僕が高一の秋に見かけたのは、やはり出雲さんだった。
 その時、二番目のご主人の墓参りに当たっていたのだ。
 彼女の身辺に不幸が重なる事で、周りの人間も次第に距離を置くようになっていたらしい。薄情な物だが、確かに二度の結婚がこういう形に終わってしまっては、勧めにくいのも頷ける話ではある。
 そんな状態を心配してか、ただ一人だけ、親身になってくれた人間が高名な霊能者を呼んでくれた。
 その霊能者云く。
「蜘蛛の影が見える」
 だが、お祓いをした訳では無いという。
 霊能者が見たのは影であって、本体ではない、という事だった。
 相手の不幸は、蜘蛛とは関係ない。そう言い切ったらしい。そして影だけならば祓えないし、祓う必要が無い、とも。
 そう、それだけならば。
 殆ど唯一と言っても良いほど親切にしてくれた人、つまり霊能者を紹介してくれた相手から、彼女は求婚をされたそうだ。
「蜘蛛なんか関係ない、ご主人方の不幸も関係ない」
 そう言ってくれた。その気持ちを無下には出来ないと、彼女は三度目の結婚を決意した。
 しかし。
「また……亡くなった?」
「ええ」
 しかも決定的に奇妙な事には。
 三度目の主人は、自宅で首吊り自殺。
 第一発見者が出雲さん本人。
 そして、その紐は、見るからに奇妙なものだった。
「直接触った訳じゃないんですけどねばねばしていて、白く、細いものが沢山絡み合っていて……そう、まるで沢山の蜘蛛の糸みたい……だったの」
 そして警察を呼び、戻ってきた時には、既に糸は消え失せていた。
 当然、警察からはさんざん疑われた。過去の経歴やら状況の不審さから言って、仕方のない事ではある。しかし、ご主人の保険金は微々たるもので、受取人が前妻になっており、更に免責期間だったので自殺では払われなかった。
 夫婦円満だったので痴情の縺れ、という線も見られず、結局理由は分からないものの自殺、と認定され、遺体も返された。
 一応ながら、一息ついて、今度はその墓参り、という訳だった。
 だが、彼女の脳裏には「蜘蛛」という単語が消えなかった。そこで霊能者を訪ねてみようとしたが、連絡先も分からず途方に暮れていた……との事だった。
 話を聞くなり、僕はやや寄り道をしつつも、出雲さんを連れて忍野の元へ向かった。要件を済ませた報告も兼ねているので丁度良いくらいだ。
 それに、死んだのが蜘蛛の仕業だったとしたら、彼女の身も危うい。そう思ったのだ。
 霊の学習塾の廃墟までたどり着き、その入り口で出雲さんには待機して貰う事にした。
 彼女では、ボロボロで様々な物が散乱する塾内は危険すぎる。蜘蛛に襲われるまでもなく自滅しそうだ。
 少なくとも、まず僕が話を聞いて、それからだ。
 そして忍野に一部始終を話した結果、得られた回答が件の「山女蜘蛛」だった。
 やはり、蜘蛛。
「ヤマメ? 魚のか?」
 ヤマメ・蜘蛛、今ひとつイメージが汲み上げにくい。
「う~ん、まぁそういう解釈もあるねぇ」
 忍野は何処か歯切れが悪かった。
 いつもは一を訊いて二十三を返してくるはずなのに。
「名前は重要、なんだろ?」
「その通り。でも阿良々木君、名前というのは本質に依る場合もあれば、性質に依る場合もあるんだよ」
 よく分からない言い回しだ。が、少しは饒舌になったので僕もやや安心した。
「人間で考えようか。僕等はみんな『人間』という名前を持っている。ラベリングと言ってもいい。更に言えば個々人の固有名詞まであるが、そこまで行くとややこしいから置いておこう。その中には『ホームレス』という名前を与えられている人も居るね。僕なんかは他の人から見れば『ホームレス』だ。でも、僕は家を持とうと思えば持つ事だって出来る。持たないのは面倒なのと必要がないからだ」
 それは確かだろう。忍野は僕から五百万円(まだ払っていないが)、他に助ける相手からは相当の金銭を得ている。借家くらいには住めるだろうし、その気になれば家だって建てられるだろう。不動産ややら大家に不審者扱いされなければ、だが。けれど本人がそうしないのは、放浪しているから。旅をしていれば持ち家なんて百害あって一利無し、だ。
「同じ『ホームレス』の中には金銭的な問題があって住処を持てない人もいる。同じ名前を持っているけど、その内実や動機は異なる。『ホームレス』って名前は家が無いという性質にのみ依ってるのさ。怪異なんてもんは千差万別なんだから、名前も本来はおしなべて性質の括りであって内実じゃないのさ――それにしても今回は厄介だなぁ。阿良々木君、キミまさか嫌がらせしたくて怪異を探して持ち込んでる訳じゃなかろうね?」
「そんな訳ないだろ、合わないに越した事はないよ。それより、『厄介』ってのはどういう意味だ?」
「元気いいなぁ、何か良い事でもあったのかい? まぁ、ぶっちゃけようじゃないか。ヤマメってのは『寡婦』の訛りだ」
 寡婦・蜘蛛。そのまんまじゃないか。
「蜘蛛って言うのは気持ち悪いな」
 様々な怪異に触れ合ったが、鬼は別にしても猫・蟹・牛・猿の中では一番有り難くない生き物な気がする。
「確かにねぇ、好きな人は昆虫とかの――と言っても蜘蛛は昆虫とはべつだけど――マニアくらいだろう。見るからに不気味だしね。そう言えばこの世には蜘蛛嫌い派と蛇嫌い派がいるんだっけな」
「あぁ、足が多いのが厭だって言うのと、足のないのが厭だってやつだっけ?」
「そうそう、どっちかを病的に嫌っても、どっちも病的に嫌う人は少ないらしいね」
「でも結局、一般人は嫌いだろ? 蜘蛛も蛇も」
 少ないとも、僕は両方とも好きにはなれない。
「ま、それが一番大多数だろう。でもね『朝蜘蛛は仇でも逃がせ、夜蜘蛛は親でも殺せ』って言われるように、蜘蛛は吉兆と凶兆、両方の意味を持つんだ」
「そうなのか?」
 知らなかった。
「こんな歌もあるよ。『我が夫子が 来べき夕なり ささがねの蜘蛛の行い こよい著しも』――蜘蛛が巣を張っているから、今夜は夫が来てくれるだろう――ってね。これは夜の蜘蛛だけど吉兆と考えていい。一方では、やはり恐ろしい怪物だ。中には鬼に匹敵するくらいのも居る。土蜘蛛なんてのはまさにそうだ。源頼光が土蜘蛛を倒したという伝説が有名だけど、彼は鬼退治も行っている。これから考えても同格と考えて良い。牛鬼という鬼の一種は、胴体が蜘蛛だったりもするしね。両方とも『従わぬ者』の隠喩ともされている。人間の理に従わない者って意味だ。だから鬼の蜘蛛との関係は、こうも言えるかもしれないね。『名前が違っていても本質が違うとは限らない』ってね。忍ちゃんだってそうだろ? キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードと忍野忍は、勿論差がない訳じゃないけれども……本質的に同義だ」
 鬼――吸血鬼。怪異の最高峰。
 それに匹敵するというのなら、かなりの相手だ。
「しっかし、瀬古口出雲だっけ? やっぱりまんま過ぎて困るねぇ。夫子の口に出ずる蜘蛛、か。出来過ぎだね。この場合の『口』は体の器官じゃなくて時の期間を指すんだろうなぁ。夫子になってすぐさま出てくる、って訳だ。まぁ、蜘蛛は女性との関わり合いも強いからねぇ、絡新婦なんて怪異もあるし、ギリシア神話でもアラクネという女性が蜘蛛に変えられてしまう……という話がある」
「それじゃ、前の二件も、やっぱり蜘蛛の仕業なのか?」
 霊能力者は関係ない、と言ってたそうだが。
「僕も霊能力者氏に同感だね。婚前からの病気と飛行機事故じゃ、幾ら怪異でもカバー出来ないさ。それに、よく考えてみればそれほど難しい話じゃない。病気持ちと結婚して亡くなる。これは彼女も言ってる通り、ある意味当然だ。そして次の夫が事故死、これは偶然だよ。人間ってのは二回似たような現象が起きると関連を見出してしまう。頭がそういう造りになって居るんだろうねぇ。法則性を知りたいというか。法則さえ分かれば対処も出来るからね。でも、まず、そんな事はない」
「だったら、三番目の夫はどうなんだ?」
 全て蜘蛛のせいじゃない、という可能性もあるのだ。
「それなんだけどねぇ……否定したいところだが、やはり三回目まで偶然という線は薄い。必然とは言わないけど、まぁ蓋然って感じじゃないかな」
「既婚女性に取り憑いて、その亭主を殺す怪異か――」
 被害にしても性質にしても、今まででかなり悪質なんじゃないか。
 やや忍野の反応が遅れた。
「――うん、そういう事にしておこう」
 どうも煮え切らない。忍野の性格からして言いたくない事は言わないだろう。
 僕にとっては、
「祓えるのか?」
 肝心な部分、つまりここさえ解ればいい。
 件の霊能者は、影だから不可能、と言っていたようだ。
 忍野でも或いは困難なのかもしれなかった。
「退治する、という方が正しいだろうねぇ。肉体労働だ、ある意味分かり易いだろ?」
「出雲さんに戦えっていうのか?」
 運動能力なさそうだけど。
「そりゃ無理さ、当事者にはね。でも――どうせ協力してくれるんだろう? お人好しの阿良々木君は」
 見透かされている。
「そりゃそうさ、御明察――っていうより、ここまで来ると御暗察だね。バカでも分かる」
「分かってるなら話が早いよ。あ、それとこれが報酬」
 これが寄り道の理由だ。報酬は予め用意出来るに越した事はない。僕ら中高生では一〇万円は用意するのが難しい金額だが、出雲さんくらいならば咲きに用意する事も可能ではないか、と考えた結果だった。
「用意がいいねぇ」
「それこそ御暗察だ、何度もやってりゃ嫌でも身に付くよ」
「おぉ、帯封が付いてる。気前が良いねぇ」
 確かに、出雲さんは良縁に恵まれたと言っていた。
 だから当然と言えば当然かもしれない。
「ホントだ、すげぇ――って、これ千円札じゃねぇか! 感動してちょっと損したよ!」
「結局額はが変わらないねぇ、でもさ、こういうの見ると札束で顔叩きたくなる気持ち分かるよね」
 まぁ、分からないではない。
 戦場ヶ原だったら、きっと双手に翳して叩きまくるんじゃないだろうか。
 僕を。
「ま、お代も戴いたし、キリキリやろうか。そんなに難しい話じゃない。この前のレイニー・デビルの時と、そうは変わらないさ。普通に倒せば、それで良し。万事解決だ」
 レイニー・デビル。雨の中の悪魔。
 密室の中の殴り合い。
 あまり良い思いではない。アレをまたやるのか……気が重いな。
 とは言え、誰かがやらなければならないのなら、それは僕だ。
 彼女には、もう守ってくれる人が居ないんだから。
「いい顔だねぇ、阿良々木君。何か良い事でもあったのかい? 前も大変だったのにねぇ。でも、そんな君の覚悟に免じて、素敵な物を渡そう。今回は、本当に助けなんか誰も来てくれないしね、これぐらいは僕も手伝わせて貰うよ」
 そう言って忍野は中座すると、なにやら手に持って戻ってきた。
 小さい木の棒……らしきものとイヤフォン。携帯用のものだ。
「阿良々木君が一人で困るかも知れないから、コレで連絡を取り合おう」
「でも、お前携帯持ってないだろ?」
「大丈夫大丈夫、人妻ちゃんのを使えば良いんだよ」
 出雲さんが持っている確証もないんだけど……。
「今日び、携帯を持っていない日本人なんて、僕ぐらいのもんさ」
 自分で言うな。しかも得意気に。
「それはそうと、もう一つのは何なんだ?」
 木の棒、に見えたが近くで観察すると途中にスリットが入っている……短刀?
「お、よく分かったね。でも銃刀法違反ではないよ、ほら……竹光だ」
 忍野が鞘から抜く。
「竹光って言うか、ただの竹だな」
 それは本当にただの竹を刀の形状に削った物だった。銀紙などで刀のように偽装してある訳でもない。しかし、表面には無数の文字が掘ってあって、一見して何かの呪具だと分かる。
「重切」
「凄いものなのか?」
 忍野の声色が重々しい物だったので、思わず聞き返す。
「別に、僕がそこらの竹を削って彫刻刀で彫っただけさ」
 思わず古式ゆかしいリアクションを取りそうになった、もとい、ずっこけそうになった。
「あのな……」
「これじゃ紙すらロクに切れやしない。でも、特定の状況になら使い出がある」
 いい加減なようで、案外、懇切丁寧な奴だという事は付き合いで分かる。
 こいつが渡すというのなら、やはり何か意味があるのだろう。
「分かった受け取っておくよ」
「よし、ブリーフィングは終わりだね。本番の準備、行こうか」
 忍野が微かに口元を歪めた。