私は「いらないものを捨てていく」段階にいるんだと思いました。
何度言っても汚れた茶碗に水を満杯に入れて次の食事まで放置し、テレビと数独に夢中になる母。
また洗ってない…と言うと、私のコップとかもよく置きっぱなしだ!と言い返してくる母。
それは、私が母が大量の不用品で埋めていた棚を片付けて自分の食器を置くスペースを作ったのに、退院後、母がそこに自分のコップを置くようになったからね
母散らかす→私片付ける→空いたスペースを母が分捕る
これの繰り返し
そうでなくても母の散らかしの片付けを毎日やらないといけないわけで、せめて自分で出来る食器洗いだけは食後すぐにやってくれという些細な願いも聞かず、文句を言うと「私に自由はないのか。死んだほうがマシだ」と毒づく母にもううんざり。
そんなに家事が嫌なら施設に入れば上げ膳据え膳でやってもらえるのに、施設には入りたくなくてめそめそして「(あの世の)親兄弟に迎えに来てと言ってるのに来ない」とか言うから更にうんざり。
こんな自己中で鬱陶しい母だから親兄弟も迎えに来ないのでは(笑)
なんか、血縁を理由に好き勝手やって崩壊したこの自己中一家はもう捨てて良い時期なんだと思いました。
夫婦仲が良くない上に大した稼ぎもないのに5人も子供作った母は馬鹿としか言いようがないし、その中で大人まで育ったのは2人だけどその内の一人は障害者として生活保護で暮らしてる。
そいつに暴力を受けてきた私は当然縁を切りたいわけだけど、母が亡くなれば相続問題が持ち上がる。
母はそれを私に悪いとも思ってない無責任ぶり。
現実はこんな感じだけど、スピリチュアル的に言えばそれは何かを学ぶ為に起きている事だと言う。
私が学んだのは「血縁ってろくなもんじゃない」という事。
子供もいないし、私は物質界の人間の血縁というのを捨てていく段階にいる魂なんだと思う。
考えてみれば世の中の多くのトラブルは親族間であり、戦争は自分の血脈を拡大する為に起きてきた。
機能不全家族に生まれ育ち、こんなにも家族にうんざりする人生なのは何千年も続いた人類の物質的拡大と争いに決別する為ではないかと。
これからは波動の近い者同士が繋がる世界になると言われてますが、そこに至る為に動物的な血縁関係はもういらないという事なんだと思います。